REPTILE2

14


 ――2日後、深夜。

 キルマー・バレンタインは巨大な扉の前に立っていた。刻々と過ぎていく時計に目を落としながらも、神経はガーデン内の広範囲に渡って張り巡らされている。経験と技術がものを言った。かつて『KILL−MAN』として暗躍し、標的の血を糧にして闇に巣くっていた時代の彼がそこに立っていた。大統領補佐官としての彼ではない、殺し屋の亡霊がいま大統領の居る部屋の前に立っている。
 キルマーはふと目を上げた。
 「来る」

 ―――レプタイルを差し置いてこのガーデン内に闖入したのは、いずれにせよ人間ではなかった。最新の防衛システムを搭載し、機能の大半を機械に依存していたゴライアス・ガーデンであったが、そのシステムが裏目に出た。メインコンピュータにウィルスが潜り込んできたのだ。もちろんハッキング対策のシステムも無かったわけではない。しかし、それはたしかにガーデン内に侵入したのだった。
 人を内蔵から喰らう寄生虫のように、早くもウィルスは暴れ出した。システムに繋がるあらゆる装置がガーデン内で誤作動を起こす。機械の合唱隊は耳障りな電子音を高らかに唄い、建物内に木霊する。さらに警備員たちは戸惑い、状況把握に走り回る。ガーデン内は混乱状態に包まれていた。その様子はまるで建物そのものが狂人になったようであった。

 ヘブンズ・ヒルの一角にあるホテルの一室でグレイヴィ・マリンヴィルは静かにキーを叩く。彼の目の前のモニターにはジワジワと毒気を帯びた緑色に染まるゴライアス・ガーデンの縮図が映っていた。監視カメラの目を潰し、つづいて警報機の喉も潰しておく。生けるゴードンの居城の五感を全て奪うと、マリンヴィルはヘッドフォンを装着し、耳を澄ました。

 『……1…ロビー……』
 『異常なし…』
 『誤……のか?』
 『……グラス…』
 『…怠…るな!』

 哀れだった。彼らはマリンヴィルの上で踊っていた。どうしようもないものの存在をつゆ知らず、必死に運命に抗っている。それはマリンヴィルに忌々しいあの日を思い出させた。あの日も彼らは自分やトロイの書いた脚本の中で踊っていたのだった。事は脚本通りに順当に進み、世界中のメディアを興奮させ、観客を喜ばせた。トロイはそれを歴史劇と呼んだが、マリンヴィルは悲劇だと信じて譲らない。その後、役者であるオズワルドやルビーが死に、舞台を去った。劇は終わった。
 脚本家のマリンヴィルとトロイ・フォルガーは生きている。そして、いま二作目の脚本を書き上げ、実演に移している。
 ゴードンは、強敵である。
 果たして、うまくゆくのか、どうか。

 主役の登場を告げるナレーションが入った。

 『……1階…侵入者…繰り返…』
 『影?………白人…』
 『黒……黒…』
 『通過した』
 『…速い……』
 『……グ…ス…倒……ま…した』
 『逃げ……危険…』
 『応答……か?……いない』
 『……配備を!』
 
 レプタイルがこの騒ぎに乗じて、ガーデン内へ侵入したようだった。
 マリンヴィルは、トロイに電信を送った。
 『万事、成功』
 そして笑った。
 久しく作ったことのない表情だった。
 にやついたように口元を歪め、目は卑しい目でモニターを凝視している。
 なるほど俺はやはりこちら側か、とマリンヴィルは思った。
 彼もまた抗い、踊っているのだった。

 

 「ようこそ、ゴライアス・ガーデンへ」
 レプタイルはすでに大統領のいる部屋の前に立っていた。
 凡ゆる警備員たちの群れを影の如く過ぎ去り、傷一つ負うことなく最上階に立っていた。
 その間にキルマーは立ち、笑っている。
 「ガードマンたちの無礼、どうかお許し下さい」
 そして、重心をわずかに下に落とす。放たれている殺意に、ぐっと体重が乗った。明らかな戦闘態勢だった。
 「私がお相手しますゆえ」

 『KILL−MAN』が言った。


 


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