REPTILE2
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| レプタイルは、構えない。腕を垂らしたまま、キルマーを観察していた。サングラスの裏から嫌でも殺気が伝わってくる。 「さすがに、お顔が違う」 キルマーが言った。 「先日お会いしたときとは大違いだ」 「今日は仕事で来ている」 レプタイルが言う。 「なるほど。そういうわけで」 キルマーが跳躍した。 5,6mはあった両者の距離が一気に縮まる。 キルマーの手首の袖から刃がせり出す。鋭い光の筋が瞬いた。 レプタイルの喉元目がけて放たれたそれはきわめて正確だった。 名うての殺し屋『KILL−MAN』ならではの技といっていい。 的確に相手の急所を狙っている。快楽殺人者の技ではなく、仕事人としての業がそこに見えた。 だが、レプタイルは一歩後退するだけで斬撃をかわした。 そのまま二歩、三歩と後退し、再び間をおく。 その動作は緩慢なものだった、が、水の流れのように鮮やかだった。 「お見事」 と、キルマーは追おうとせずに感心する。 ただ攻撃を「かわす」動作だけでレプタイルの実力を感じ取ったらしい。 「諜報員と並んで入国した謎の白人男性……」 そう言い、懐から鎖分銅を取り出す。 「最初は困りましたよ。あなた様のデータがどこにも見当たらないんで」 鎖分銅が風を切って振り回された。縦横無尽に、分銅が踊る。 「存在を闇に葬り去った人間は“よく知る”ところ」 分銅が床に当たるたびに塵を伴って床を抉った。 「私が去ったあと、裏社会にとんでもない化け物が現れたことは聞いていた」 徐々に、歩を進め、レプタイルに近づいていく。 「始末屋レプタイル……裏稼業の人間にとって羨望の的だ」 分銅が地を這い、レプタイルの目前で跳ね上がった。 重い鉄の一撃がレプタイルの眉間を襲った。狙いはやはり正確だった。 レプタイルは、首を倒し、最小限の動きでこれを避ける。 だが、キルマーもまた凄腕の殺し屋であることに間違いはなかった。 手元の指をミリ単位で動かすと、跳ねた分銅が空中で軌道を変えた。 唸りをたてて、レプタイルのこめかみを狙う。 サングラスが音をたてて吹き飛んだ。 辛うじて致命傷を避けはしたが、レプタイルの目を覆っていたサングラスがいまの一撃で破損し、辺りに飛び散った。 「あなたは確実にここで葬っておかねばなりません」 分銅が再び音をたててキルマーの周囲を踊った。 キルマーが奇声をあげる。 甲高い声が広い廊下に響き渡り、分銅が跳ね上がった。 レプタイルはこれを逃さなかった。 分銅を振り回している間は迂闊に飛び込めないが、攻撃の瞬間には必ず隙が生じる。 長い間、拳足だけを駆使して戦い抜いてきたレプタイルがこの好機を逃すはずがなかった。 体を左にずらし、分銅を避けつつ、飛びかかる。 「ホッ」 キルマーは冷静に、直進する鎖の部分を足で止めて対処した。 すぐさま腕を引き、足を離すと、分銅が軌道を修正してレプタイルに襲いかかった。 まるで生きた蛇のようだった。 キルマーの飼い蛇が的確にレプタイルの急所を狙って襲いかかってくる。 向かってくる分銅に対し、レプタイルは足を使った。 弧を描くようにして足を薙ぎ、分銅を爪先で弾く。 「素晴らしい、お手並み」 キルマーは笑い、迅速なスピードで分銅を再び手元に戻す。 こちらも手慣れた手つきだった。 レプタイルはすでに接近し、キルマーの目の前にいる。 爬虫類の尾が振り回された。芸術的な回し蹴りがキルマーの胴を抉ろうとした。 が、キルマーは動じることなく、鎖分銅を巧みに操る。 鎖分銅一つとっても、これほどまでの使い手があったろうか。 先ほどまで鎖分銅を攻撃の手段として使っていたこの老人は、鎖を縦にピンと張り、即席の盾を拵えた。 弾力と柔軟性に富んだ鎖の盾がレプタイルの足の衝撃を吸収し、肝心のキルマーは一歩退いて攻撃を免れている。 キルマーが片方の手を、勢いをつけて離した。 するとレプタイルの足撃に加えて鎖の遠心力が重なり、音をたててレプタイルの右足に絡みついた。 やはり、それは、蛇だった。 獲物を締め上げ、それからゆっくりと喰らう、蛇。 だが、レプタイルもまた、伝説の始末屋といわれる蛇である。 獲物を喰う、ことにかけては他に追随を許さない。 まして喰われる、ということはあるはずがなかった。 足に鎖を巻き付けられ、さらに鎖の主導権はキルマーにあるという圧倒的不利な状況でもレプタイルは落ち着いていた。 取り乱すことなく、呪縛の足をとてつもない速さで蹴り上げる。 キルマーの手元に、感じたことのない衝撃が走り、思わず鎖を離してしまった。 鎖分銅はそのままレプタイルの足から離れ、壁に衝突した。 壁からは砂塵。両者の間には静寂。 始末屋と殺し屋の攻防はまだ終わっていない。 |
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