REPTILE2

17


 キルマーの手から、手裏剣が飛ばされる。
 高速で回転しながら、宙を切り、レプタイルを襲った。

 レプタイルには、見える。
 手裏剣の軌道、速度、角度…この爬虫類の鋭い眼は捉えていた。
 造作もないことであった。
 この爬虫類の動体視力は常軌を逸している。
 優れた眼を持っているからこそ、体術センスも突出している。
 また先に見せた危機回避の判断も、その眼があるからこそだった。
 見える。レプタイルは動いた。

 だが、この老人はまたしてもレプタイルを驚愕させるのだった。
 おかしい。
 手裏剣の動きを把握し、回避を試みたレプタイルであった。
 しかし鋭い痛撃が肋の辺りに走った。
 見ると、彼の体に深々と車形の手裏剣が突き刺さっている。
 どういうことか。
 レプタイルは、目の前で手裏剣を構えるキルマーを睨みつけた。
 老人は、見下ろしていた。

 「奇妙、といえば奇妙」
 キルマーは手裏剣を構えながら言った。
 「銃弾をかわすとまで言われるレプタイル殿が、老人の投擲すらかわせないとは」
 再び、投げる。
 腿肉に深々と手裏剣が突き刺さった。
 「このまま終わらせますか?」

 『KILL−MAN』の経験が生きていた。
 レプタイルの眼がいま現在動いているものを捉えることができるとすれば、キルマーの感覚はこれから動くものを捉えることができた。
 いわば、未来の方向に働く記憶であった。
 未だ動かざる者の動きを、投擲という慣れ親しんだ行動を介して、感じ取っていた。

 そのままレプタイルに向けて、二撃、三撃と繰り出していく。
 レプタイルは、対応を変ぜざるを得なかった。
 拳、足を駆使して手裏剣を“打ち落とす”。
 「ほお」と、キルマーが息をついた。
 車剣から、棒状のもの、ナイフ形に至るまで多種多様な空撃が宙を貫いて襲いかかってくる。
 その一つ一つを、確実に打ち落としていく。
 鉄より硬いと恐れられる始末屋の拳足と、レプタイルの眼をもってはじめて成せる神技だった。
 普通の武術家、並の始末屋ならば、出来ない。 
 
 「しかし」
 キルマーは投げながら、レプタイルに聞こえるように言った。
 「いくら手裏剣が通じないとはいえ、それでは攻撃に移れますまい」
 一際大きな卍手裏剣を投げつける。それすらも、レプタイルは防いだ。
 「こちらが有利ということには変わりない」
 老人は懐から筒状の手裏剣を取り出し、投げた。
 筒は、レプタイルの目の前で分解し、無数の小型の槍へと変貌した。
 光芒が瞬き、八方からレプタイルを襲った。全てがレプタイル目がけて飛んでくる。
 レプタイルの対応は人間業ではなかったのだが、そのうちの六本がレプタイルの体躯に突き刺さった。
 「まだまだ仕掛けはとっておいてございますので。お楽しみに」
 そして通常の手裏剣に切り替え、投げた。

 キルマーの優勢。
 老人の繰り出す飛具の数々に、両者の間に開いた距離。
 武器を持たぬことを旨とする始末屋が、この距離をなき物にできる術はなかった。
 「終わらせる」
 キルマーの表情が険しくなる。
 このまま決着させるつもりだった。
 老獪と人は言うかも知れない。だが彼は若い頃からそうしてきたはずである。
 なぜなら、確実に標的を仕留めることこそが殺し屋の仕事なのだから。

 その時、キルマーは見ていた。
 紛れもない、それは、自分の顔に向かって飛んでくるそれは、 

 レプタイルの拳。

 老人の体が吹き飛んだ。
 宙を舞い、背の壁に叩きつけられる。
 その光景が、拳の威力を物語っていた。


 


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