REPTILE2

18


 拳――。

 キルマー・バレンタインは喀血しながら、立ち上がった。
 老体を電流のように痛みが走り抜けた。
 口を抑えていた手が真っ赤に染まっている。
 舌を、噛んでいた。

 キルマーは覚えている。
 あの瞬間、あの直後も、意識が吹っ飛ぶことだけはなかった。
 
 拳――。
 
 十分な間合いを保ち、相手に反撃をさせない狡猾な戦法。
 あのまま武器を投げ続けるだけで勝てるはずだった。
 己の身体以外、何の装備も持たない始末屋――。
 絶対に狙いを外すことのない、自らの投擲能力――。
 これ以上ないほど圧倒的有利な状況。
 始末屋の攻撃がここまで届くはずなど――。

 拳――。

 再びレプタイルの拳がキルマーを貫いた。
 蛇の腹が顔面を突き抜けたような衝撃。
 老人は痛みに耐えかね、ついに両膝をついた。

 拳が、飛ぶ?
 そうじゃない。
 もっと別の感覚だ。
 消える?放たれる…?
 届く……。
 あの距離から、届かせる拳……。
 まるでお互いの距離が縮まったかのように。

 キルマーの脳裏を様々な想像が過ぎった。
 ある種の動物は、頸部の毒腺から毒を飛ばすことができるという。
 レプタイルの拳はキルマーにとってそれだった。
 捕獲したかと思うと、意外な手段を用いて反撃する、蛇。
 驚き、反応が遅れ、目をつぶされた捕獲者のように、狼狽える自分。

 キルマー・バレンタインの誤算はレプタイルの過小評価などではない。
 それどころか十分すぎるほどの慎重さをもって戦いに臨んでいた。
 キルマー・バレンタインの誤算は謬見である。
 彼は始末屋を『素手のみの格闘に誇りを持つ者たち』と呼んだ。
 だが、実際にはそうではなかった。
 彼らもまたキルマーと同様に『始末の確実さ』をもって臨んでいた。
 誇りあるがゆえに素手で闘うのではない。
 肉体が最も信頼に足る『武器』だからこその、素手なのである。
 
 ――本当の凶器。


 キルマーは見た。
 
 走っていた。
 レプタイルが。
 地を這うようにして、近づいてくる。

 危険だ、とキルマーは思った。
 
 キルマーは、なすべきことが分かっている。

 平静を取り戻し、這ってくる蛇を“殺すこと”
 
 『KILL−MAN』が動いた。
 大きく背を反らし、両腕を広げる。
 老人の体に仕込まれた全ての隠し武器が一斉に可動しようとしていた。
 レプタイルの攻撃に合わせて、体全体が揺れる。

 だが、キルマーの攻撃も、またレプタイルの攻撃もどちらも未遂に終わった。
 暗がりの廊下に光が射し込んだのだった。
 開かれた扉の前に男が立っている。
 彼のいた部屋の明かりが、宛ら後光のように男を包んでいる。
 “王”か、あるいは“救世主”の威圧感をこの男は持っていた。
 男の到来に、始末屋も殺し屋も動きを止める。
 止めざるをえない迫力をゴライアス・ゴードンは持っていた。


 


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