REPTILE2

19


 レプタイルが跳んだ。
 今までキルマーと死闘を繰り広げていたこの男は、老人から何の躊躇もなく目を逸らし、突如現れたゴードンを襲ったのだった。
 高く跳び上がり、目標の首を狙って蹴りかかる。。
 骨を折るつもりで、足を振るった。

 だが、ゴードンは、手を“払う”だけでレプタイルの攻撃を阻止した。
 先ほど、キルマーの攻撃をレプタイルがそうしてきたように、素手で捌いていた。
 マリンヴィルから、ゴードンがただの政治家でないらしいことは聞いていた、が、これほどとは。
 
 「申し分のない蹴りだ。殺す気できたな」
 そう言い、両手をポケットに突っ込み、レプタイルを見据える。
 レプタイルは慎重になっていた。
 次は成功するかもしれない、とは思わない。
 レプタイルの眼が、ゴードンの力をすでに見切っている。

 「大統領」
 老人が口を開く。
 「レプタイルの始末は私にお任せを」
 「そのつもりだったのだがな」
 ゴードンはレプタイルから目を離さずに言った。
 「少し気が変わった」

 一歩、ゴードンが歩んだ。

 レプタイルが、構えた。
 一切の隙がない完璧な構え。
 乱れのないその型は、水と風の調和を思わせた。
 始末屋に手を染めて以来、久しくしたことのなかった動作。
 拳銃も、同業者も、殺し屋も、彼を武術家として本気にさせることはなかった。
 しかし、この大統領。
 ――強い。
 レプタイルは恐れた。
 これほどの男を、自分は殺さなくてはならないのか。

 レプタイルの拳が消える。
 瞬間、ゴードンの目の前を強烈な衝撃が唸った。
 「あの拳だ」とキルマーは思った。
 第三者としてその拳を見て、大まかな特徴を掴み取る。
 拳を超人的な速さで撃ち込む。
 すると拳圧というべき瞬間的な圧力が元来の威力を持って、遠く放たれているのだ、とキルマーは見た。

 ゴードンが動いた。

 キルマーはその得体の知れない技にあって、ダウンを喫してしまった。
 だが、目前の主人ゴライアス・ゴードンは、散歩でもするかのように足を踏み出すと、いとも簡単に拳圧を避けている。
 「無駄ですぞ」
 キルマーは思わず口にした。

 「始末屋レプタイル…。キルマーから君の話は聞いている」
 立ったまま、ゴードンは言った。
 「標的を悪だけに絞る、そういう信条を持っているそうだな」
 威圧感。レプタイルは構えたまま、動けない。
 「私は“悪”か。レプタイル」
 爬虫類の体が若干小さくなって見える。
 構えの型から、拳をわずかにずらした。
 「おやめください。レプタイル様」
 側で、キルマーがいう。
 「実際お会いして、お分かりいただけたでしょう。あなたにこの方を殺せない」
 「少し静かにしろ。キルマー」
 ゴードンが窘め、一歩踏み出す。
 レプタイルは攻撃できずにいた。
 キルマーの声を聞いたがためかどうかは分からない。
 「何が悪で、何が正しいかなどという判断は、神にしかできない」
 レプタイルは、知っている。マリンヴィルから聞かされている。
 「ラバンダという国を、食い物にしたそうだな」
 低い声が響いた。ゴードンが、また一歩歩む。
 「それを悪だというのか?」
 「ああ」
 「では」と、ゴードンが話を変えた。
 「40年前のダラス…あれはどうだ」
 JFK暗殺のことを指していることはすぐに分かった。
 20世紀に起こった数ある出来事の中でも、最大の事件。
 「関係ないな」
 「ある」
 ゴードンは言い切った。
 「君に命令を与えている老人があの事件に関わっている」
 「ほう」
 はじめて聞く話ではあったが、レプタイルは動じなかった。

 やはり、関係ない。
 自分は与えられた仕事をこなすだけ。与えられた仕事を。
 依頼主が例え悪だとしても、目標が悪ならばそれで問題ない。
 彼は武器だった。武器が自分を扱う者のことを考えるだろうか。
 武器が見るのは、相手だけである。

 レプタイルは何か呟いた。
 「…なんと、言ったか。よく聞こえなかった」
 ゴードンが聰しむ。
 「始末する」
 ゴードンは鼻で笑った。
 「やってみろ」

 走った。


 


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