REPTILE2
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| 低い姿勢で、爬虫類が走る。 ゴードンは動かなかった。それどころか相手のことすら見ていない。 真っ直ぐに近づき、寸でのところでサイドステップを踏む。 直線的な攻撃はできない。 ゴードンの力のほどを知れば、できるはずがなかった。 相手の脇に立ち、跳び上がり、踵を振り上げた。 “殺人”を想定しての容赦のない蹴りだった。 だが、ゴードンはまたしても片手でそれを払った。 鉄の槍を突き刺すのと大差のない攻撃のはずである。 ゴードンがおもむろに手を伸ばした。 巨大な、手の平が、レプタイルの顔面を捉える。 キルマーの時と同様、見えているのにかわせなかった。 破壊的な握力がレプタイルの頭蓋を捉えて離さずに、持ち上げていく。 ちょうどレプタイルは吊されたような格好となって、投げ捨てられた。 壁に強かに背を打ちつける。 強い。 遙かに強い。 「話の続きだ」 ゴードンが言った。 「私が悪だとして、お前は一体何なのだ。レプタイル」 立ち上がり、レプタイルは再び構えた。 一歩一歩と近づいてくるゴードンに穏やかとは言えない威圧感を感じていた。 レプタイルは、応える。 「俺は、矛盾だ」 亡き恋人への償いのために、悪しきものの存在を消していくと決意しながら、自分が行っていることは悪そのものだった。暴力で以て暴力を制する道。そのためならば殺人すらやってのける。レプタイルは気づいている。償いをすればするほどに自分が堕ちていくことを。 ゴードンは歩み続ける。止まらない。 「なるほど、正しい」 優雅に、威厳に満ちた歩み。 「だが、それはお前だけではない。思うに、信念を持つものは全て矛盾だ。貧しい者を救うといって、食うのをやめない。弱い者を助けるといって、保身は忘れない。高い理想を掲げながら、低い次元のことで行きつ戻りつしている」 ゴードンが手を伸ばした。 「私は、理想しか見ない」 “ただ登りつめること” 「それだけでいい。力のためには犠牲を厭わない。……それを君たちは悪というのか」 至近距離になった。 「…まあいい。だとしても、私は悪で構わない」 手を伸ばす。ゆっくりと。ゆっくりと。 「私は階段を昇るだけだ」 レプタイルの体が吹き飛んだ。 ゴードンの力が始末屋の力を単純に上回った。 圧倒的な、力。 始末屋として研鑽を積み重ねてきた技術、経験をたった一押しで吹き飛ばす、力。 神に愛されているとしか思えないゴードンの力は、レプタイルの力を遙かに凌駕していた。 ゴードンが歩む。 その時、三人を闇が包んだ。 創世記以前の時代へ流れ着いたかのように、ゴライアス・ガーデンから光が消失した。 「……マリンヴィルか」 キルマーは呟き、暗闇の中で目を凝らした。 闇の中で、深い闇が動いている。 「むん!」 袖から小型のナイフが放たれた。 直線の先にカッと硬い音がし、闇はさらに暗闇を徘徊した。 外れた。 「閣下!」 キルマーの脇を、影が通り過ぎる。 影は、明らかにゴードンを目指していた。 見えない。 まだ目が闇に慣れていない。 ゴードンのいた位置で耳で確認できるほどの激しい衝撃音が鳴った。 「閣下!」 キルマーが叫ぶ。 つづいて、ガラスの割れる音。 暗闇の中で、何が起こっているのか。 そして、光が戻った。 キルマーの離れた位置で、ゴードンが脇腹をおさえている。 やられたのだろうか。 始末屋の攻撃は、まともに喰らえば致命傷は免れない。 いかにゴードンとはいえ、奇襲となれば防ぎようがないのではないか。 「お怪我は?」 「問題ない」 ゴードンは言った。 なるほど傷はなかった。 「渾身の一撃だったのだろうな。少々効いた」 そう言って、辺りを見渡す。 「レプタイルは、逃げたか」 離れたところにある大型の窓が割れていた。 この最上階から、飛び降りたらしい。 数分後、警備員達が最上階へと登ってきた。 彼らが見たものは、塔内に侵入した蛇やトカゲではなかった。 最上階の一室で、なんの変わりもなく意見を交わす大統領とその補佐官。 「下の騒ぎは収まったか」 ゴードン大統領が警備員の一人に声をかける。 「一度メンテナンスをしておいたほうがよろしいのでは」 キルマー補佐官がお茶を入れながら建言する。 慣れ親しんだその光景に、彼らは胸を撫で下ろし、持ち場へと戻っていった。 光と闇の混在するゴライアス・ガーデンに、平和が戻った。 |
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