『ANGEL』


レプタイルは動かない。
「あいにく俺ァよ、あの子みたいにお人よしじゃあねえんだ」
猟銃をしっかりと握るオノーの視線は、さっきより鋭くなっていた。
さっきまでのニヤついた酔っ払いの目ではない。
「とりあえずよ、警察には知らせてねぇよ。
 まず‥‥あんた一体何者だ?」
オノーが細い棒を一本、懐から取り出した。
忘れもしない。ガイア共和国大統領補佐官キルマー・バレンタインから
受けた棒手裏剣のうちの一本だった。(小説「REPTILE2」参照)
「これと同じ奴があんたの体中に刺さっとった。ナイフみてえなのもあったな。
 ボーガンの矢じゃねえやな。ただ素人がおいそれと扱える武器じゃないって
 のだけはわかる」
完全な詰問口調だった。
「これらの武器がよ、うっかり転んで刺さったってわけじゃあねえやな?
 “ケンカ”で刺されたって考えるのが自然だわな。
 それもチンピラのじゃあねえ。その筋の曲者同士のケンカだ」
「‥‥‥‥。」
「あんたも只者じゃあねえ。その薄ら寒い目、ひきしまった体を見りゃわかる。
 おまけに猟銃突きつけられても眉一つ動かしゃしねえ。
 よっぽど修羅場をくぐってるか、ただのバカだ」
レプタイルは動かない。
「ロミはよぉ、気は強いが本当に心の綺麗な、いい子だ。
 血だらけの赤の他人のあんたを家に連れてきて看病するくらい、な」
オノーは興奮気味だった。
「あの子は母親を早くに失って父1人子1人で暮らしてる。
 あいつの親父は仕事であまり家に帰ってこねえ。だから親父がいない間は
 あの子は俺が守る。何があってもだ」
その目は真剣だった。
「もう一度きくぜ。あんた何者だ?」
「それは‥‥言えない」
どうやらオノー達は無関係の一般人のようだ。
自分の事を言えば迷惑がかかるかもしれない。
「言えないが、すぐにここから出て行く。それで問題はないだろう?」
傷はまだ完全に癒えてないが、移動にさしたる支障はない。
「ふむ‥‥」
オノーは警戒の色を解いてはいなかったが、納得はしたようだった。

『先生ドアあけてよ!なんで閉めてるのー!?』

扉の向こうからロミの声が響く。
オノーは猟銃を白衣の下にしまった。
「‥‥いいだろう。まあ飯ぐらいは食っていけ。
 言うまでもねぇが、あの子に妙な真似したら俺が許さんからな」

ロミの持ってきた盆の上には一切れのパンとチーズの塊がのっていた。
コップに牛乳が注がれる。
「今、これくらいしか出せないけど‥‥もっと食べ物買ってきとけば
 よかったなぁ」
「いや‥‥十分だ。ありがとう」
レプタイルはコップに口をつけた。
牛乳を飲み、チーズをかじり、パンを咀嚼する。
簡素ではあったが久しぶりに摂った食事は、おいしかった。


食事を終えると、そそくさと家を出る準備にかかった。
「本当に世話になった。俺はそろそろ失礼する」
「ええっ、もう行っちゃうの!?ケガもまだ治ってないんでしょ?
 ここでゆっくりしてってもいいんだよ、オノー先生もヒマだし」
オノーが顔をしかめた。
「うるせぇなぁどうせ俺ん所は閑古だよ大きなお世話だっつーんだよぉ!
 ロミ、この人にも都合があるんだよ、無理に引き止めちゃあ迷惑ってもんだ」
レプタイルはオノーに合わせる事にした。
「気持ちはありがたいが‥‥ここへは仕事で来ている。
 強盗に襲われて負傷した俺を助けてくれて本当に感謝している。
 しかしもう行かなくてはならない」
「うん‥‥」
ロミも納得したようだった。
「‥‥さ、でかける前に髭ぐらい剃っていきな。ひでえツラだぜ」
オノーが言った。せめてもの気遣いだった。


「ここで剃るといいよ。カミソリはパパのを勝手に使っていいから」
ロミに案内されたレプタイルは洗面台の鏡に写る自分の顔を見た。
顔を洗い、ロミの父親の物とおぼしきカミソリを取り出し、おおまかに髭を剃り落とす。

ロミに拾われ、気まぐれな街医者に面倒をみてもらっていたのは本当に幸運だった。
普通の病院だったらたちまち通報され御用になっていただろう。
これから自分はどうするか。
ゴードン大統領の始末に失敗。自分の顔はゴードンたちに割れてしまっている。
“二度目”を行うとすればそれはかなり困難な事だった。
以前にもまして入念な準備がいる。
国外脱出もかなり難しい。マリンヴィルのつてはまだ使えるだろうか。
金もそう多くは持ち合わせていない。 
しかしあの2人にこれ以上迷惑はかけられない。
とりあえずはここを出なければならない。

「ロミ、帽子か何か、貸してやんな」
オノーが言った。
「え、どうして?」
「この人はな、目が弱いんだ。日差しを遮る物がいるんだ」
「ああそれならパパのサングラスがあるからそれ持ってくる!」
父親の部屋へと駆けて行くロミを背に、オノーが小声で言った。
「事情はよく知らねえが、顔を隠すもん必要じゃねぇか?」
「ああ‥‥本当にすまない」


自分が着ていた黒いシャツとコートは綺麗に洗い直されていた。
それらを身にまとい、外に出る。
「これ、使って」
ロミがサングラスを手渡した。
真新しく、黒光りしているサングラス。
「パパは他にもたくさん持ってるから、あげるよ」
「ありがとう。本当に何度礼を言っても、いい足りないな‥‥」
レプタイルはサングラスを装着した。
変装にはほど遠いが、何もないよりはマシだ。
「ボク、そこまで送ってってあげるよ!」
ロミが横に付いた。
「おいおいロミ、迷惑だって‥‥」
「本当にそこまでだから!」
「じゃあ俺も一緒に‥‥」
「だめ!オノー先生そうやっていつもボクの事子供扱いする!
 ちゃんとボク1人で送れるよ!」
ロミがぴしゃりと言い切る。
「うん、うむ‥‥」
レプタイル達は、オノーに見送られつつ建物を後にした。

「やれやれ‥‥」
1人、ため息をつくオノー。
まだ明るい昼間だ。多分ロミは‥‥大丈夫だろう。
そう思ったのには、オノーがあの男の事をなんだかんだ言いつつも
信用し始めていたせいもあった。
胡散臭い所こそ多かったが、あの男はそれほど悪い人間ではなかったような気がする。
「悪ぃ事したかな‥‥?」
いや‥‥これでいい。
よくはわからないが、あの男は自分たちとは違う“匂い”を感じた。
あまり係わり合いにならない方がいい。
これで、よかったのだ。
「‥‥考えてみりゃあ、結局名前も知らずじまいだったな‥‥」
オノーは再び1Fの、開店休業状態の自分の医院へと戻っていった。


 


第3話に進む
第1話に戻る
図書館に戻る