『ANGEL』
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| 並木道に、レストランやブティック等が建ち並ぶ。 昼下がりのヘブンズヒルの表通りをレプタイルは歩く。 長年の始末屋生活で身に染み付いた、独特の歩み。 一見自然体でありながら、地を這う蛇を連想させるような歩法。 決して目立たず、それでいてその正面に立ってしまった人々は例外なく 道を譲ってしまう不気味さがあった。 明るいショッピングストリートに、そこだけ影が射している様であった。 その影にロミだけが1人、何も知らぬ雛鳥の様に物怖じせずついていく。 無知ゆえになせる業だろうか。 「おじさんはどんな仕事してるの?」 歩きながら、唐突にロミが口を開いた。 「‥‥服飾関係だ。デザイナーやモデルと様々な契約をしたりしている」 レプタイルはこういう時の為にあらかじめ用意していた応答をした。 「へ〜!じゃあボクのパパとおんなじだ! ボクのパパも洋服の会社で働いているんだよ!」 「そうか‥‥」 「遠くの町でブティックも経営してるんだって。だから家へはあんまり 帰ってこないけど‥‥でも本当にいいパパなんだよ!」 「そうか‥‥」 「でも今は出張みたいで、三週間くらい帰ってこないんだ‥‥ いつもは一週間くらいで帰ってきて、帰ってこない日は電話してくれる んだけど、それもないし‥‥きっと、服飾関係の仕事ってとても 忙しいんだよね‥‥?」 「‥‥?」 ふとレプタイルはロミを不審に思った。 父親の話になった途端、やたら多弁になった。 ロミの表情は不安げだった。 さっきの質問は、レプタイルに肯定してほしくて言ったように感じる。 「そうだな‥‥きっと大事な仕事にかかりっきりで君に電話する暇も ないんだろう‥‥」 抑揚のない、無機的な口調だったが、ロミの顔が明るくなった。 「そうだよね、きっとそうだよね!」 街中に午後3時を告げる教会の時計台の鐘が鳴り響いた。 街頭の新聞売りから買った新聞に目を通す。 自分がゴライアス・ガーデンで巻き起こした事件の余波は大きかったようだ。 表向きは、ライフルを装備したテロリストの襲撃として片付けられている。 だからといって安心などできない。 どこにゴードンの息のかかった、自分の正体を知っている者が潜んでいるか わからない。 ロミとは、早く別れた方がいいと判断した。 「!」 そして事は急がなくてはならない。 やはり昼中に出たのが災いしたか。 レプタイルは平和な街中で、自分達に合わせて動く不審な気配を感じた。 それも1人や2人ではない。 レプタイルは自分を救ってくれた小さな天使を見た。 ロミは道行く車を眺めている。 レプタイルは新聞紙をたたみ、懐にしまった。 ありがとう。そしてさよならだ。もう会う事はないだろう。 ロミが大きな二階建ての観光バスに目を取られている隙に、 レプタイルは裏通りへと滑り込んだ。 「ねえおじさん、今のバス見た!?ボク二階建てのバスって初めて見‥‥」 ロミが振り向くと、そこには誰もいなかった。 ロミは新聞を売っていた男に話しかけた。 「ね、ねえ!さっきまでここにいたおじさん知らない?」 「え?さっきの客‥‥? そういえば‥‥いつのまにかいなくなっちまったなぁ‥‥」 表通りから深く入り組んだ、人影の無い路地裏にレプタイルは立つ。 傷は癒えきっていない。しかしこの状況ではそんな事は言っていられない。 静かに息を吸う。止める。そしてゆっくりと、長くはきだす。 ここなら一般人を巻き込む事もない。向こうにとっても都合がいいだろう。 迎え撃つ準備は完全に整った。 「‥‥‥‥。」 おかしい。 さっきまで感じていた不審な気配は、自分を追ってこない。 むしろ遠ざかっている感すらある。 なぜだ?気のせいだったか? それはない。確かに気配は感じた。 いくつもの怪しい気配が、確かに自分達の後をつけていたのだ。 自分‥‥‥‥“達”!? 迂闊だった。 後をつけられていたのは自分ではなく“あの子”だったのだ。 黒いコートを翻し、レプタイルは駆け出した。 |
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