『ANGEL』


ショッピングエリアの建物の影に、黒服をまとった5、6人の男がいた。
「なぁ、俺達‥‥ホントにあの子を殺んなくちゃならんのかなぁ‥‥」
マフィア組織『ANGEL』の構成員、パミヤは気が進まなかった。
「ボスの命令は絶対だ。殺るしかねぇよ」
そういうサンドも気は重かった。
パミヤは嘆くように言った。
「俺はよ、腐ってもマフィアの一員だ。
 そういう流れにさえなりゃあ、ベェルレッタファミリーや
 シカゴのテッド・パダルコとだって戦ってやるつもりだし
 死ぬ覚悟だって持っているつもりだ。それがよ、あんな無抵抗の子供を
 命令とはいえ‥‥いや、気まぐれな命令一つで殺すってのはよぉ‥‥」
「‥‥‥‥。」
「なぁ、殺すんじゃなくてさぁ、せめて生け捕りとか‥‥」
「馬鹿!!」
サンドが一喝した。
「ボスの性格知ってんだろ!?生け捕りになんかしてみろ、
 あの子はあっさり殺されるよりも残酷な目に会わされるぞ!?」
サンドは背後の道路脇に控えている黒塗りのベンツにチラリと目をやった。
あの中にボスと、友人の張が乗っている。運転席には幹部のクレオがいるのだろう。
余所者ゆえ傍観者でいられる張がたまらなく羨ましかった。
「パミヤ、やるしかねぇんだよ。でなきゃ俺達が殺される。
 今まで任務の大小に関係なくボスの命令に背いた奴のほとんどは‥‥
 殺されちまっただろ?」
「ああ、覚悟決めるぜ‥‥‥‥それにしてもいつから『ANGEL』はこんな風に
 なっちまったんだろうなぁ‥‥」
パミヤは“獲物”に目を戻した。
「兄弟、あの妙な男いつのまにか消えたぜ。
 娘1人だけになった‥‥チャンスだ」
「ああ‥‥いくぞ」
サンドの促しの言葉に『ANGEL』の構成員達は動き出した。
それに合わせて、背後のベンツもゆっくりと走り出した。


「おじさーん!どこ行ったのー!?」
ロミは人気の無い裏通りに入っていった。
「黙っていなくなるなんてひどいよ‥‥」
ふと行く手にダークスーツをまとった5、6人の男が現れた。
「!?」
一目見て、只事ではない雰囲気。
身の危険を感じ、逃げようとしたロミだったが、男達に一斉に拳銃を向けられ、
足がすくんだ。

「同士フレッド・アニスは我々を裏切った」
サンドは“宣告”を行った。
後は引き金を、引くだけ。
「許せ」
拳銃を握りしめる。
「君のお父さんを見殺しにした俺達を許せ」
サンドも、パミヤも、少女に銃を向けている彼ら全員同じ気持ちだった。
「君を天国へ送らなければならない俺達を、許せ」
天国へ送るなど、詭弁だ。
自分達がこれからしようとしている事は、罪のない子供の命を理不尽に
奪う、ただの“虐殺”だ。
「卑怯な俺達を‥‥許してくれ」
サンドたちは覚悟を決めた。
生きるために、手を汚す覚悟を。
いや、汚れるのは“手”だけでは済まされないかもしれない。
「せめて、フレッドのいる天国で幸せになってくれ‥‥“天使の神託のままに”」


次々と弾丸が発射され、少女は鮮血の中で生命の営みを絶たれ、
成すすべなく人形のように転がる。
‥‥はずだった。
そこに黒い風が舞わなければ。


フレッドは自分の銃がはたき落とされ、トリガーにかけていた指が
ヘシ折れているのを見た。見て痛みを感じ顔を歪め叫ぶ。
叫んでいる間にパミヤも、他の仲間も次々と同じ現象に見舞われた。

黒いつむじ風が舞っている。

痛みに呻いている場合ではない、それが何であるのかを確認しようとした
サンドの顔に黒い腕が伸びた。
毒蛇の牙のごとく喰らいついたそれは、そのままサンドの後頭部を
薄汚れた地面のタイルに叩きつけた。サンドの意識が遠のく。
全てが昼中夢のようであり、スローモーションのように感じた。
かろうじて黒い風が、さっきまでロミと共にいた男だという事だけがわかった。

ロミは震えていた。
レプタイルはロミを両手で抱え上げた。
ロミはまるで状況が把握できないでいた。
そして、今しがた知らされた“事実”を信じられずにいた。
ただレプタイルの体につかまり、震えていた。
「逃げるぞ」
「‥‥何‥‥なの‥‥あの人たち‥‥?」
「君のお父さんは殺された」
レプタイルは駆け出した。


倒れているサンド達のはるか後方に待機していた漆黒のベンツ。
スモークガラスの窓の中からの視線だけが、全てを見ていた。


 


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