『ANGEL』
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| 強すぎる‥‥! 横たわりながらクレオは破壊された自分の両手を見た。 この手ではもう戦えない。軸となる手がこれでは秘蔵のカポエラの蹴りも使えない。 いや、最初から勝負になどなっていない。 レプタイルは終始、眉一つ動かさなかった。 そしてその閉じていた口から、やっと言葉が漏れた。 「なぜ、あの子を狙う?」 この状況。クレオは“吐く”しかない。 しかしクレオはまだ敗北を認めてはいなかった。 カーマよ。 この俺の醜態を見ているであろうカーマよ。 何をしている? 今、ヤツの感心は俺に向ききっている。 攻撃を仕掛けるなら今しかない。 今を逃せばもうチャンスはない。 俺はもう‥‥限界だ! ボディが蹴り上げられた。 クレオは宙を舞った。一日中日陰に晒されていた冷たいアスファルトが出迎えた。 クレオは仰向けでむせ返った。口と鼻から血泡が散った。虫の息だった。 「答えろ。なぜあの子を狙う?」 カーマ! 何してるんだカーマ! もういいだろう。俺じゃあもう無理なんだ。見りゃわかるだろう! 死んじまうッ! 早く来い! すでに一度砕かれた手に、カカトが振り下ろされた。 鈍い衝撃、弾ける肉音と共に地獄の苦痛が脳幹に響いた。 絶叫せんと大きく開かれた口にすかさず靴先が差し込まれた。 クレオの叫びは殺され、路地裏の外へ届かせる事を許さなかった。 「答えろ」 何をしているカーマ!? 俺の苦しむ様を見て楽しんでやがるのか!? そうだなお前はそういう奴さ! 他人の不幸が三度の飯より好きな下衆野郎さ!! さっさと助けろッ! 俺を見殺しにする気か!?見殺‥‥ 「!!!」 口からゆっくりと靴先が抜かれた。 クレオの目は大きく見開かれていた。 クレオはやっと全てを理解した。 この俺がレプタイルに始末される。 これほど俺にとって好ましくなく、カーマ・ギアにとって好ましい状況があるか? 俺は今までカーマに誠心誠意尽くしてきた。 だがそれがカーマにとって何だというのだ? 奴はそれを恩に着るような男か? わずらわしい存在に感じていたのは俺の方だけじゃあない。 近いうちに消えてもらいたいと思っていたのは奴だって同じだったんだ! クレオは理解した。自分が裏切られたという事を。 紅潮した顔は涙に濡れていた。噛みしめた歯は血に染まっていた。 なんという茶番。なんという道化。 俺はとんだピエロ役を演じさせられた。 「答えろ。なぜあの子を狙う?」 「‥‥!」 さてどうする。 わけを懇切丁寧に話して命乞いをするか? カーマの事を洗いざらいブチまけて矛先がヤツに向くようにするか? レプタイルは理解を示してくれるだろうか。 無謀な作戦に突貫させられた哀れなピエロを見逃してくれるだろうか。 もし助かったとしても。余計惨めなだけだ。 「私は‥‥“天使”‥‥だ」 クレオは呻くように言った。 “天使”は敵に許しを乞うたりはしない。 “天使”は仲間を売ったりはしない。 理由はどうあれこれは自分から挑んだ勝負。 もはや仲間などとは思ってはいないがそれでもカーマは『ANGEL』の人間。 クレオは“自分のルール”を曲げなかった。 曲げたら自分はカーマと同類になる。 「喋る気は、ないのだな‥‥」 レプタイルの脚が、ゆっくりと上げられる。 クレオは覚悟を決めた。 これでいい。“天使”は泣き言は言わない。 クレオの口から、かすれる様な声が漏れた。 「天使の‥‥神託の‥‥ままに‥‥」 爬虫類の牙がその顔面に振り下ろされた。 ロミは自分の部屋でリュックの中をもう一度確認した。 逃げる以上、荷物は身軽な方がいい。 預金通帳や簡単な着替えなどを詰め込んだ。 (これからボク、どうなるんだろう‥‥) 窓の外はもう夕焼けに染まっている。 コンコン、と部屋のドアがノックされた。 「待たせてごめん、もう荷物まとまったよ!」 ロミはドアを開けた。 そしてそこに立っていた、白いスーツとミンクのコートに身を包んだ、 妖しいサングラスの男を見上げた。 「オゥケェイ、それじゃ出かけようか?ロミちゃん☆」 男は白い歯を見せてニイッと笑った。 |
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