『ANGEL』

10


ミンクコートの男が部屋に入ってきた。
「忘れ物はないかなァ?それじゃ行こう!」
光る金属の手が差し出された。
ロミは喜び勇んでその手につかまり、2人仲良く出かけた‥‥りはもちろんしない。
正体不明の妖しい男を前に、ロミは後ずさった。
逃げたくてもこの部屋の唯一の出入り口は白コートの男が塞いでしまっている。
「どうしたのかなァ〜?おじさんはちっとも怖くなんかないんだよォ〜?」
光るサングラスと、白い歯と、『キャリキャリ』鳴る白銀の両手が迫ってきた。
怖い。すごく怖い。
ロミは思わず荷物の詰まったリュックを投げつけた。
それはあっさり払い落とされた。
「ン〜フフフフフ‥‥いけない子ねぇン、
 大切な荷物を投げたりしちゃ駄目じゃな〜い?」
「おじさん‥‥‥‥だれ!?」
「フハハ、ワタシは君のパパの知り合いだよ」
「!‥‥‥‥」

ロミは自分の父親が“よくない”事をしているらしいのは薄々気づいていた。
つまりこの男は“よくない知り合い”。
それでなくともカーマのドス黒い「悪意」はロミにひしひしと伝わっていた。

手を差し伸べるカーマ。
「フレッドにこんな可愛らしいお嬢ちゃんがいたとはねぇ‥‥。
 さぁ、おいで」
「やだ‥‥!」
ロミは拒否した。後ろは壁。
逃げ場のないロミにカーマは悠々と接近した。
「君は、賢い子だね‥‥」
カーマは優しく、さとすように言った。
「うんうん、知らない人についていっちゃいけないね〜、
 まだ12才なのに、いやもう12才か。うんうんそれくらいわかってて当然だねぇ」
金属の掌がロミの頬に触れ、優しく撫でる。冷たい感触にロミは震えた。
「た‥‥たす‥‥け‥‥」
次の瞬間、ロミの額に当てられた指先から弾くような電圧が流れた。
「!!‥‥」
ロミの頭が震えた。
一瞬で意識が遠のき、ロミはその場に崩れ落ちた。
ウキウキ気分のカーマ。
「ヤー!死んでいないわねン?うまいこと電圧を加減できたワ!
 こんなに手間ァ取らせてくれちゃってホントにいけない子ねぇン、
 これから一晩かけてたっぷりイジめてあ・げ・る‥‥☆」
気を失ったロミを強引に抱きかかえ、いそいそと部屋を去ろうとしたカーマの目に
壁にかかった野球帽が目に入った。
「これロミちゃんの?そうねぇこれからお出かけするから
 かぶっていこォ〜ネ〜♪」
野球帽を取るとそれをちょうどロミの顔を隠すようにかぶせた。

「おい変態、その子を放しな」
ドアの前に、猟銃を構えたオノーが立っていた。

自分に銃を向けている男を見てカーマは顔をしかめた。
「猟銃持って人様の家に不法侵入?あんた最低ネ」
「お前にだきゃ言われたくねぇやな。そういうお前は不法侵入した上に
 誘拐までしようとしてるだろぉがよ‥‥!」
「誘拐とは失敬ネ!“テイクアウト”って呼んでほしいワ。
 お持ち帰りヨ」
「ほざいてろ。さっさとロミを放しな」
引き金にかけていた指に汗がにじんでいた。
オノーは脅威を感じていた。
「銃を向けている」オノーの方が脅威を感じていた。

なんなんだこいつは‥‥?
銃を面と向けられてもヘラヘラしてやがる‥‥。
銃を向けられて平然としている。
ロミと自分が看病したあの男と同じく、こいつもただのチンピラじゃあねえ。
いや、あの黒い男からは物静かな「品」を感じたが、目の前にいるこいつからは
邪悪な「卑らしさ」を感じる。

「いいか、これが最後通告だ。‥‥その子を置いて、ここから、消えろ」
オノーは最後通告を放った。
「はァ?」
カーマは鼻で笑った。
「じゃあこちらも最後通告ヨ」
「はああ!?」
カーマは目の前にいる、猟銃を構えた小汚い老人を見下ろした。
「アンタが消えて‥‥☆」
白い歯をニカリと見せながら言った。
「な、なに‥‥?」
「今すぐ消えて☆」
オノーは得体の知れない不気味さに飲まれていた。
恐怖に捕らわれていた事が、オノーの反応を鈍らせた。
「!?」
銃口がカーマの金属の手につかまれ、塞がれていた。
「き、貴様‥‥!」
「あのさアンタ、撃つならさっさと撃ちなさいよ。アクビ出ちゃうワ」
「くッ‥‥‥‥!」
穏便に済ます気だったがもう迷ってはいられない。オノーは引き金を引いた。
銃口を塞いでいる手を砕くつもりで撃った。

炸裂音。

「こ、これは‥‥」
負傷したのはオノーの方だった。
硝煙の舞う中、オノーはドアから後ずさり、廊下の壁にもたれた。
熱い。そして痛い。
血に染まった自分の肩と胸を見て愕然とした。
目の前にはカーマが平然と立っていた。
その手には、大破した猟銃の銃先が握られたままだった。

暴発。

カーマの金属の手が、弾丸の発射を許さなかった。
「畜‥‥生‥‥」
オノーはもはや息をするのもやっとだった。
「丈夫でしょ、ワタシの手☆」
用を成さなくなった銃を離すと、カーマはその手を握り締め、振りかぶった。
「消えて☆」

瞬間。
黒い影が差し込んだ。


 


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