『ANGEL』

11


レプタイルは跳んだ。
視界に血まみれのオノーと“敵”が映った瞬間に。
超人的な跳躍はみるみる両者の距離を縮める。
相手の頭部を捕捉し、蹴りを放つ。
“始末屋”の蹴りが、顔面にめり込んだ。

オノーの顔面に。

「!!?」
レプタイルは愕然とした。
ミスではない。
レプタイルの完全なる不意討ちに対し、この敵は老人の体をつかみ素早く盾にしていた。
ロミを抱えながらも“爬虫類”を欺くスピードで、それを行った。
なんという反射神経。否、“神経”。
「オォ〜ウ、アクシデェーント!君は罪な男だ☆」
オノーを盾にほくそ笑む敵に対し、レプタイルは次の攻撃動作に入った。
「そこまでだ!罪な男“レプタイル”ッッ!!」
「!?」
レプタイルの目の前に広げられた金属の五指が「制止」を促していた。
「私は『ANGEL』のボス、カーマ・ギア!」
「‥‥‥‥。」
「これ以上我々に関わるな。我々も君に干渉はしない。それで終わりだ。
 裏社会の定義、君は熟知しているはずだ」
「‥‥‥‥。」
「我々のやり方に部外者の君が口出しする権利は、ないッ」
カーマは言うが早いかオノーの体を突き飛ばした。
速い。
レプタイルがオノーの体を受け止めた時には、敵はロミを抱え、廊下の窓から
姿を消した。
急いで窓から下を見下ろす。
速い!
敵はすでに数ある道のいずれかへと消えていた。
もう追っても間に合わない。この辺りの入り組んだ道は、明らかに相手の方が熟知している。
「!‥‥‥‥」
見失ってしまった。


「車出して頂戴!」
突然帰ってきたカーマに、運転席で待機していた張は驚いた。
カーマはさっさと後部座席に乗り込み、毛皮のコートにくるまっていた少女を転がす。
「あ、あの‥‥その子って‥‥」
「噂のロミちゃんをテイクアウトしてきたワ。今夜はお楽しみヨ☆」
「そ、そうすか‥‥」
ロミの行く末を憶測し、張は更に嫌な気分になった。
「ほらさっさと出す!“爬虫類”が来るわヨ!」
「え、ええッ!?」
子供を拉致るのは自分のやり方じゃないが、レプタイルは怖い。
張は慌ててアクセルをふかせた。
「今からワタシの言う場所へ行って頂戴」
「は、はいっ!」
「アジトの一つでね、い〜い雰囲気の所があるのヨ‥‥」
カーマはほくそ笑んだ。
走り出すベンツ。
「メインストリートへ出てまずは9番街をまっすぐ行って頂戴」
「はい‥‥」


「すまない‥‥」
レプタイルはオノーに駆け寄り、助け起こした。
「ホントに‥‥すまねぇよバカヤロが‥‥」
息も絶え絶えのオノーが毒づいた。白衣が血に染まっていた。
「こんな物ぁカスリ傷だ‥‥それよりロミだ‥‥」
「‥‥‥‥。」
「フレッドはもういねぇんだ‥‥あの子を守れるのはもう俺しかいねぇんだ‥‥」
レプタイルはオノーを見た。
命に別状はなさそうだが、動くには危険な状態だった。
「オノー、手当ては自分でできるな?」
「‥‥ああ?」
「ここでじっとしていろ。あの子は俺が探し出す」
「‥‥ああ!?ほざくんじゃねぇやヨソもんの手は借りね‥‥いぃッ!」
傷が痛みにオノーはうめいた。
「お前ではどうにもならない」
「!‥‥‥‥」
「寝ていろ」
傷の痛みと、レプタイルの冷厳な目と声に、オノーはやっと静かになった。
「わかったよ‥‥しかしだ、あんたロミを探すったってどうすんだ?」
「心当たりはある。賭けに近いが」
レプタイルは出口へと向かった。
オノーがその背を見送る。しかし、腑に落ちないものがあった。
「なぁあんた‥‥」
レプタイルは足を止めた。
「‥‥なんだ?」
「なんであんた、そうロミにかまってくれるんだ?本当ならあんたは
 こういう事にはあまり関わりあいたくねぇはずだろ?
 ましてや相手は組織のボスじゃねぇか」
「‥‥‥‥。」
その通りだ。自分とあの子には別に深い縁はない。
負傷した所を助けてもらった恩はあるが、マフィアと正面きって敵対するのは
今のレプタイルには危険すぎる。
裏社会に生きる者が取る行動ではない。

なぜだ。なぜロミを助ける事にそんなにこだわる?

「‥‥時間がない。行って来る」
レプタイルは答えず、外へと出て行った。
陽はほとんど沈みかけていた。
もうすぐ夜がやってくる。
闇がまた、やってくる。


 


第12話に進む
第10話に戻る
図書館に戻る