『ANGEL』
13
| 千姫。 マリンヴィルが密かにチェックしていたこの情報屋が、 レプタイルの最後の頼みの綱だった。 「本物ですわぁ」 当の本人は、目の前に立つレプタイルを見上げて微笑んだ。 大分皺が寄った顔であったが、きろりとした目は子供っぽかった。 「間違いなく、本物の『レプタイル』ですわなぁ。 たたずまいからして、ちゃいますわぁ‥‥」 上方風の言葉を放ちながら、千姫はレプタイルを無遠慮に眺めた。 「名前に嘘偽りない、爬虫類みたいな目ですわぁ。冷とうて、鋭おて‥‥ でも、暖こうおますなぁ‥‥」 サングラスで隠れて見えるわけのない目を見て、千姫は言った。 「始末屋は、つろうおますか?」 レプタイルは戸惑った。 自分は情報を得に来たのだ。だからこそ電脳都市ヘブンズヒルの中でもNo.1と 名高い情報屋を訪ねて来たのだ。 なのに自分の前に現れたのは、小さな老婆1人。 こいつが本当に裏社会では命とも言える『情報』や『機密』を扱う人間か? こんな誰が耳を傾けているかわからない庭の縁側で大事な情報のやり取りを しようというのか? 疑いの気持ちにとらわれつつも、レプタイルは用件を述べた。 「ANGELのボス、カーマ・ギアの現在の居場所を知りたい」 「おぉ」 千姫の顔が呆けたような表情になった。 「今日、ペインはんが亡くなりはったんですわぁ」 「?」 「ペイン・シーカーズゆう、わちと同じ情報屋やったんですけんどもなぁ、 ウデはいまいちでしたけど可愛い人で、わちは好きでしたわぁ」 「???」 「カーマ・ギアに関わって殺されはったんですわぁ。 人間欲を張るとろくな事になりしまへんわぁ‥‥」 千姫はどこを見るともなく言った。 「‥‥。」 レプタイルは苛立ちを覚えた。 「俺はここに世間話をしにきたわけではない。奴の居場所知ってるのか、知らないのか?」 「‥‥レプタイルはん」 「!?」 「ここは『商いの場』で、うちは『商人(あきんど)』どす。 まずは出すものがあるんとちゃいますやろか?」 優しい笑みを浮かべながら、やんわりとしつつも、通すべき『筋』を促す口調だった。 「‥‥‥‥。」 この老婆‥‥思ったよりしっかりしている? レプタイルは手持ちの金を出した。 その手には100ガイアドルが数枚握られていた。日本円にして数万円。 “相場”から見れば、とても十分な金額とは言えない。 「あいにく今は‥‥これだけしか持っていない」 「‥‥あきまへんわ」 千姫はため息まじりに言った。 「話なりまへんわ」 「‥‥‥‥。」 金が無かったのはレプタイルは百も承知していた。ここが勝負どころだった。 「俺はどうしてもヤツの居場所を知りたい‥‥」 レプタイルは老婆を見下ろした。 「実力行使に訴えてでも‥‥情報を得るつもりだ」 始末屋レプタイルが言下に放つ、静かな殺気。 いかな修羅場を潜り抜けてきた強者も恐怖を禁じえないこの殺気に小さな老婆は‥‥ 「おぉ、こわ」 千姫は首をゆっくり横に振った。 「あきまへん」 子供をさとすような口調だった。 「あきまへん。いくらレプタイルはんでも、それは、まかりとおりまへんわぁ」 「‥‥‥‥。」 千姫に脅しは通用しなかった。 「レプタイルはん‥‥金はよろしおま」 「‥‥どういう事だ?」 老婆はまた優しい笑みを浮かべた。 「レプタイルはん、あんたの思てはる以上にあんたの情報は貴重な“商品”に なりますわ」 「‥‥‥‥。」 「わちらの勝手を許してくれはる事。これを情報提供の代金にしまひょ」 千姫は交換条件を述べた。口調は穏健だがとんでもない条件だった。 情報を渡す代わりに、レプタイル自身の行動を探り商品として売買する事を黙認する。 自分の情報が誰に売られようが一切関知しない。 「命を預けろ」と言っているのと同じだった。 「わかった」 レプタイルの返事に千姫の目が大きく開いた。正直彼女は驚いていた。 「決断が、早うおますなぁ‥‥」 商談成立。千姫はふぅ、とため息をついた。 「ここから近くですわ。ショッピングエリアにある教会」 「!‥‥」 「大きな時計台のある、あの教会ですわ。あんた昼過ぎあそこにおりましたやろ? あそこ、『ANGEL』のアジトの一つですわ」 「失礼した」 「レプタイルはん」 そそくさと立ち去ろうとするレプタイルを、千姫は呼び止めた。 「一つだけ、わかりまへんわ」 「‥‥なんだ?」 「あんた、ゆきずりの子供1人になんでそこまで必死になりしますの?」 オノーから聞かれたのと同じ質問だった。 「‥‥‥‥。」 俺は一体何をしている? 千姫は皺だらけの顔をにんまりとさせた。 「噂に聞いた始末屋も、意外とまあ、お優しいというか、甘‥‥」 「違う」 千姫の言葉をレプタイルは遮った。 「薄甘い正義感などでは、断じてない」 そして振り向きもせず、足早に庭園を後にした。 |
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