『ANGEL』

15


張の頭の中は真っ白だった。

「‥‥なーにーソレ?」
カーマの表情は一瞬にして不機嫌なそれへと変わった。
張はまっすぐカーマを見据えていた。
「そんな子供をそこまで追い詰めて何になるってんだよ‥‥
 もうあんたのやり方にゃついていけねぇんだよ‥‥」

俺何やってんの?
なんで俺こいつに銃向けてるの?

カーマは鼻で笑った。
「はん‥‥アンタ自分が何様かわかってるわけェ?」
サングラスで見えないが、おそらく目は笑っていない。

怒ってる。この人すごく怒ってるよォ!
ほらみろ矛先が俺に向いちゃうじゃねぇか!
いや、もう向いてるか!?
ヤッベ。謝ろう。今すぐ謝ろう。

張は唾を吐き捨てた。
「確かに俺ァ下っ端のチンピラだ‥‥でもなぁ‥‥」

駄目だ。
言うな。

「男のプライドまでは捨てちゃいねぇんだよこのオカマ野郎ォッ!!!」
言った。
言っちゃった。
俺死んだー。

「‥‥‥‥。」
カーマはロミを手放した。
「ふぅ‥‥」
そしてサングラスに手を当てた。
「いけない子ねぇン‥‥」
怒気をはらんだ声だった。

一瞬の、沈黙。

「虐殺決定」
カーマは張と面と向かった。
張は拳銃を構えた。
カーマ・ギアを、殺す。
張は腹をくくった。
「往生せいやーッ!」
次の瞬間カーマが懐まで接近し、銃をつかまれていた。
「え」
ギリギリと握力が加えられ、拳銃がひしゃげていく。
万力で挟まれたがごとく銃が握りつぶされ、張の顎に金属のパンチがめり込んだ。
「〜〜〜!!!」
口の中で歯が何本か砕けた。

このオカマ速ぇヨ。俺が往生しそう。

意識がトビそうになるのをこらえた。
体格だけなら決して負けていない。
しかしこの意外なまでの俊敏さ。電撃を操る義手。なにより邪悪さ。
明らかに自分とは「格」が違う。
「うぅ‥‥」
「あんたじゃ無理だワ」
「るせえ!三合会の張をなめんなよ‥‥
 俺だって男のはしくれ‥‥ガキの1人や2人、守ってみせらぁ‥‥!」
その鼻っ柱にまたメタルナックルが叩き込まれた。
張は鼻血を噴き、大理石の床の上に大の字に倒れた。

あかん駄目だ。守れねー。

「口ほどにもないわネ」
ダウンした張の上にカーマは馬乗りになり、その首に手をかけた。
「スイッチ・オーン」
光が弾けた。
痺れを通り越す激痛に張は絶叫した。
「グギャアアア痛デデデデデ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!!!」
「死んでくれて結構ヨ☆」
「うぐおあああ‥‥‥‥あ‥‥!?」
電撃にのけぞる張の目に、怯えるロミの姿が映った。

いかん。俺はまだ死んだら、いかん。
まだあの子に伝えなきゃいけない事が、ある‥‥!

「じょ、嬢ちゃんッッ‥‥!」
張は眼球が飛び出さんばかりの激痛に震えながらも声を絞り出した。
「こ、こ、こいつの言った事は全部嘘だあああ!」
「え‥‥」
ロミは、息も絶え絶えの張を見やった。
「君のパパはなぁ、最後まで君の事をかばって死んでいったんだァ!!」
「!‥‥」
「君は、本当に、愛されていたんだァッ!!!」
カーマは舌打ちした。
「アンタしぶといわね。電圧アーップ!さらに倍!」
張の全身にさらに激しい電撃がほとばしる。
「ああぁぁあぁあ逃げろぉ!嬢ちゃん逃げろおおお!!!」

「パパが‥‥」
恐怖と絶望しかなかったロミの小さな胸の中に、わずかなぬくもりが宿った。
「逃げなきゃ‥‥」
逃げなきゃ。逃げて誰か助けを呼ばないと。あのおじさんも殺されてしまう。
ロミは一呼吸した。
呪縛されたように動かなかった手足が動く。
「逃げなきゃ‥‥」
この地獄に現れた、たった一人の味方の言葉がロミを勇気づけた。

「アーンタ無駄にタフすぎるのよォッ!」
張の顔がつかみ上げられ、後頭部が乱暴に床に叩きつけられた。
「無様ねアンタ。薄汚れたチンピラのザコがいまさらヒーローにでも
 なれると思ったわけェ?」
「うああ‥‥!」

やべえ。痛え。やべえ。死ぬ。殺される。
でも。
もうこいつにゃあ絶対頭を下げたりしねぇ‥‥!

「う‥‥うっせぇッ!
 こうなっちまったらとことんカッコつけるしかねぇだろがあ!!」
「‥‥フン」
カーマの手が張の股間をつかんだ。
「え」
「カッコなんてつけさせると思う?覚悟はいいわネ?」

いや。やめて。いやん。

「いやあのカーマさん、実は僕あなたの事すごく尊敬してるん‥‥」
電光が走った。
「!!!!!」
今までの人生の中で最大級の激痛。そして快感(エックスタシィ)。
張の意識はブッ飛んだ。


「あーバッチイもんつかんじゃったワ‥‥!」
カーマはもう動かなくなった張を踏みつけ、ハンカチを取り出して手を拭った。
そしてロミのいた場所を向いた。
ロミはすでに逃げていた。
しかしカーマには逃げた場所の検討はついていた。
聖堂奥の半開きになっている扉。
時計台へと通じるその扉。
「フフフ‥‥あそこって外への出口、ないのよネ☆」
カーマはコートを翻し、つかつかと歩を進めた。
「鬼ゴッコ‥‥だぁい好きヨ☆」


 


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