『ANGEL』
16
| 薄暗い時計台内部。 節々に吊るされたカンテラが機械群を照らしている。 カーマの目の前で巨大な歯車が回転していた。 大時計の動力源でもあるそれはゴトゴトと音を立て力強く回転していた。 力強い回転。この歯車なら大抵の物が挟まっても粉砕できるだろう。 そう、例えば‥‥ 「フー‥‥‥‥。」 カーマは足元に落ちていた木片を拾い、歯車の中へと放り込んだ。 それはたちまち回転に巻き込まれ、砕け散った。 「‥‥ン〜フフフフフ☆」 思わず笑みを漏らすカーマ。 彼の脳裏に、ロミに対する残酷な処刑のアイデアが思いついていた。 「キッチンは整ってるワ。あとは“材料”‥‥」 カーマは上を見上げた。 天井部に張り巡らされた梁(はり)の上を走って逃げる少女の姿を見つけた。 「フホホ‥‥ワタシ、ワックワクしてきたワ!」 喜々としながら脇の階段へと向かった。 「‥‥俺‥‥‥‥生きて‥‥る?」 張は目を覚ました。 起きようとしたが、下半身から痺れるような痛みが走り、もんどりうった。 そうだった。 カーマに最もデンジャラスなポイントを攻撃されたんだった。 「畜生ぉ‥‥」 とてもロミを助けに行ける状態ではなかった。 「‥‥馬鹿やっちまったなぁ」 何を血迷ったかマフィアのボスに喧嘩売っちまった。 そして見事に返り討ち。 満足に動けない体にされちまった。 病院に行っても元通りになるだろうか? いや、それ以前に病院行けるだろうか? ここから生きて帰れるだろうか? 「やめときゃよかったかなぁ‥‥痛え‥‥!」 怪我の状態を確かめたいけど痛すぎて動けねえ。 もう涙出てくるわ。 張の目は聖堂の天井を見据えていた。 瀕死の張はそうしている事しかできなかった。 バロック調の建築が物静かな荘厳さをたたえていた。 「そういや‥‥こういう機会でもなけりゃあ寝転がってこんな立派な天井を 拝む事なんてないよな‥‥」 綺麗だな、と張は思った。 痛え。心臓の動悸がせわしない。痛え。 涙が出てきた。 感動の涙か、痛みに耐えかねた涙か。 別にどっちでもよかった。 「俺‥‥死ぬのかなぁ‥‥」 死ぬにはいい場所かもなぁ。 神様が見守る大聖堂。俺なんかにゃ勿体ない棺桶だ。 あれだ。昔読んだ「フランダースの犬」のラストに似てるよなぁ。 確かネロがルーベンスの絵を見たとこでパトラッシュと一緒に力尽きて、 天使に連れられて召されるんだったっけ? あれとおんなじ最後、てのもオツかもなぁ。 死因が電気アンマってのがサエねぇけど。 泣いてくれる読者1人もいねぇと思うけど。 張が、その男が横に立っているのに気づくまで少し時間がかかった。 「あ‥‥」 いつのまに立っていたのだろうか。 長髪。サングラス。コートからズボンまで黒に染まったいでたち。 張もよく知っている男だった。 「レプ‥‥タ‥‥イル‥‥!」 おいおい神様そりゃねぇべ。この人天使どころか死神じゃん。 いくらゴロツキ人生送ってきたとはいえこの扱いはひどすぎるって。 もうイジメですよこれは。 「ロミはどこにいる?」 無機的な口調。 「ロ‥‥ミ‥‥」 錯乱しかけていた張の思考が、少し平静を取り戻した。。 「そうだ‥‥俺は‥‥」 あの子を助けようとしたんだ。あの子はどうなったろうか。 レプタイル。この男はあの子を助けにきたんだろうか? というか一体どうやってここを嗅ぎつけてきたんだ‥‥? 「悪ぃ‥‥俺じゃ‥‥無理だったわ‥‥」 「‥‥ロミはどこにいる?」 ああ。 あの子の居場所が知りたいのね。そうだよね。俺の事なんかどうでもいいよね。 「聖堂奥の‥‥扉‥‥」 「‥‥‥‥。」 「気をつけろ‥‥あいつ‥‥手から電気‥‥出すから‥‥」 レプタイルはただ、張を見下ろしていた。 「‥‥‥‥。」 あの。なんで、行かないんですか? 俺、もういくら搾ろうが逆さに振ろうが何にも出ねえっすよ。 それとも、何ですか?‥‥トドメ、刺す気ですか? いや‥‥俺やっぱ死にたかねぇっす。 助けてパトラッシュッ。 「なぜ、ロミを助けようとした?」 「え‥‥?」 「ゆきずりの、何の縁もない子供を、なぜ助けようとした?」 何故って。そりゃあんた‥‥ 「助けたい、って思ったから‥‥としか言い様がねぇよ‥‥」 「‥‥‥‥。」 「あんただって‥‥そうだろ?」 「‥‥‥‥。」 「だから、ここに来たんだろ? 理由なんてそんなもんでいいじゃあねぇか‥‥」 「‥‥‥‥。」 「頼むわ‥‥あんたしかあの子助けられねぇわ‥‥」 「‥‥‥‥。」 「あんたしかいねぇんだよ‥‥」 気がつくと死神はすでに扉の向こうへと去っていた。 「へ‥‥?」 行っちゃった。 「何だったんだよ‥‥あいつ‥‥うっ!」 まだ股間が、痛え。 |
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