『ANGEL』

17


「ハァ、ハァ‥‥」
ロミは走った。今までの12年の人生の中で一番一生懸命に走った。
扉を開け時計台内部に入り、出口を探したがそれらしいものは見当たらなかった。
仕方なしに脇にあった階段を上る。きっと上に出口があると信じて。

階段で上った先にはわけのわからない機械の制御盤しかなかった。
しかしすぐ横に太い梁があった。
手すりを越えればあの上を移動できない事はないが‥‥‥‥怖い。
30mほど下では歯車がゴトゴトと音を立てて回っている。
運動神経には自信はあるけどもし落ちたら、絶対死んでしまう‥‥‥‥怖い。
ふと下の方で、自分が入ってきた扉がまた開くのが見えた。
そこから入ってきた人物を見た瞬間、ロミは迷わず梁の上を行った。

怖いなんて言ってられない!

天井に張られた梁の上をロミは走った。
「あ!」
梁を渡った先に扉があった。
「外に出られる!」
やっと巡ってきた希望に救われる思いがした。
ノブを握り締め、思いっきり回す。
開かない。
「開いて!開いてよぉ!」
扉をガンガン押す。引っ張る。
しかしビクともしない。
「な、なんで‥‥!?」
もう泣きそうだったロミの耳に下から『声』が聞こえてきた。

『ロォ〜ミちゃわわ〜ん、あ・そ・ぼ☆』

「〜〜〜!!!」
顔から血の気がひいた。間違いなくあの男の声だった。
ロミはすがる思いでドアを叩いた。
「開いて!開いて!開いて!開いて!」
ふと、ドアノブの横に手動の鍵を見つけた。
「!‥‥‥」
それに指をかけ、そっと下ろす。『カチリ』と音がした。
そしてノブを回すと、ドアは開いた。
「やった!よかった‥‥」
ロミの目の前にヘブンズヒルの夜景と星空が広がった。
冷たい風が吹いた。


大時計盤へと出る扉。そこから先はわずかな足場以外何も存在しなかった。


「おやおや‥‥?」
梁の上を渡っているカーマ。
その先に扉が見えた。
開けられた戸が風で揺れている。
「うっふふ、どうやらあそこから出たみたいねぇん‥‥‥‥そいやァァァ!!」
おもむろにカーマはしゃがみ込み、梁の下へ手を回した。
「ゲーッツ!」
「うわああ!!」
引き上げた手はロミの首根っこをつかんでいた。
「うぅう‥‥」
「ホホホ、いけない子ねぇン☆
 ワタシをホーム・アローンに出てくるようなマヌケな悪役と
 一緒にしないで頂戴。あんたみたいな子供は『ニオイ』でわかるのヨ!」
「うぅ‥‥」
「あの扉から出たように見せかけて、梁にぶら下がってワタシをやり過ごそうと
 したわけェ?子供のくせに腕力あるわね。学校の体育の成績はA?
 まったく親子揃ってワタシをたばかるたァいい根性してるじゃな〜い?」
「パパは‥‥悪くない‥‥!」
「はぁ〜?‥‥い〜い?あんたの父親はぁ、ワタシのお金を盗んだぁ、
 ド・ロ・ボ・ウ野郎なのよ!だからワタシが黒コゲにしてやったのよ‥‥!」
「悪い事をして手に入れたお金でしょ‥‥?
 おじさんは‥‥悪魔だ‥‥!」
「はぁぁン‥‥!?」
ロミの首を握る力が強くなった。
「うああ‥‥!」
「‥‥お〜っと、ワタシとした事が子供相手にムキになっちゃったワ。
 い〜いロミちゃん?あのね、ワタシはね‥‥よく聞きなさいヨ?」
冷たい親指でロミの喉元をグイグイ押しつつ言った。
「う、う、う‥‥!」
「ワタシは『ANGEL』。この素晴らしい国ガイアを守護する天使!
 愛を歌い、何者も恐れず戦う天使!
 さぁ、いい子だから言ってごらんなさい、『あなたは天使です』と」
「だ、だれが‥‥」
ロミは歯を食いしばった。
「あらあらロミちゃんたらいけない子ねぇン☆
 ちょーっと下を見てみそー?」
宙吊り状態のロミの30mほど下では巨大な歯車が回転していた。
「‥‥!」
「言わないと手離しちゃうわヨ?ここから落ちて歯車に飲み込まれて
 内臓とかはみ出て骨とかバッキバキ折れまくって死ぬわヨ〜?」
「‥‥‥‥。」
「さぁ、言ってごらんなさい。ワタシは何?」
「おじさんは‥‥‥‥可哀想な人だね」

ロミの目は、冷めていた。

「‥‥‥‥は?」
「そうやって、脅かして言う事を聞かせてるんだ。
 そんな事したって嫌われるだけなのに‥‥」
その目はまっすぐカーマを射抜いていた。
「‥‥‥‥『あなたは天使です』と言え」
「言わない」
「言え‥‥!」
「おじさんは天使じゃない」
「‥‥‥‥ふぅ」
カーマは空いている手の指を小刻みに動かす。
『キャリキャリキャリ‥‥』と耳障りな音が響いた。
「ちょっと痛い目みてみる?
 ワタシね、ロミちゃんみたいに言う事聞かないコマッタちゃんに
 言う事聞かせるの、得意なの☆」
そして人指し指を立ててロミの目の前にやると、『ブゥゥ‥‥ン』と音がした。
白銀の人指し指が、ぼんわりと光を帯び始めた。
それは青白く、光っていた。
ロミの顔にも、それは熱となって伝わってきた。
「わかる?今この指にね、スッゴイ熱が集中してるのヨ‥‥」
「え‥‥」
ロミは、この男が何を考えてるのか薄々とわかってきた。
「これを人の体に当てるとね、ヤケドじゃ済まないのヨ〜?
 これをお腹にズブズブ刺して引っかき回すとね、胃袋とか腸とか炭化しちゃって
 炭化ってわかる?朝、食パンをトースターで焼き過ぎると黒くなって
 ボロボロになって崩れちゃうでしょ?あんな感じ。
 そうなっちゃうともうお医者様でも治せないのヨ。
 どう?素直に言う事聞く気になった〜?」
「あ、あぁ‥‥!」
直に突きつけられた恐怖に、ロミの顔は青ざめた。
「フフファハハハハそれでいいのヨ!素直に恐怖なさいな!
 でもロミちゃんへのオシオキは‥‥」
カーマは自分が来た方向へ向き直った。
「ちょーっとお預けみたいねぇン‥‥」

同じ梁の上に、黒衣の男が立っていた。

「おじ‥‥さん‥‥」
ロミはその男を見た。
影のごとく黒い装束を纏い、影のごとく静かに接近し、影のごとく
暗陰としたオーラを纏ったその男の出現に、しかしロミは安堵した。

始末屋レプタイル。
彼はカーマと面と向かい合っていた。
「‥‥‥‥。」
「よくここがわかったわねえ。ていうかアンタ何しにきたの?
“超一流”の看板を持つアンタが、何の依頼もなしに、
 なんでワタシの前に立ってるわけェ?」
「‥‥‥‥。」


依頼人は、俺自身だ。
俺の魂が「あの子を救え」と言っている。
俺の肉体が「あの男を黙らせろ」と言っている。
理由はそれだけで十分だ。成すべき事は、一つ。


「‥‥お前を、始末する」
サングラスの下の青い目が、カーマ・ギアを捉えていた。


 


第18話に進む
第16話に戻る
図書館に戻る