『ANGEL』

20


黒い足音が近づく。
「嗚呼‥‥」
カーマは恍惚とも恐怖とも言えぬ吐息を漏らした。
「つくづく“罪な男”、レプタイル‥‥」
うずくまったまま、呻くようにカーマは言った。
「生きながら蛇に飲まれる蛙のようなこの気持ち‥‥
 君に始末された輩もきっと同じ気持ちを味わったのだろうねぇ‥‥」

大丈夫。間に合う。

「本当に君は大した男だよ。今までもこうして数々の敵を屠ってきたのだろう‥‥」

焦るな。あと10秒もない。
勝利の女神は天の子である自分に味方してくれている。

「しかし、“罪な男”レプタイル‥‥飲み込む獲物が、いつも自分より小さいとは
 思わない事だ‥‥」

大丈夫だ。あと数瞬の後、「それ」は訪れる。
この場所の事をよく知る自分だけが「それ」を把握している。
その時こそ、この忌々しい爬虫類は、確実に“隙”を見せる。

「‥‥終わりだ」
うずくまるカーマをレプタイルは冷徹に見下ろした。
あとは裁きの牙を、その頭蓋に振り下ろすだけだった。
その時。



塔内に大音響が響き渡った。



「!!?」
鼓膜が破れんばかりの重い打唱音。

時計台の鐘の音。

そうと理解した時には、カーマ・ギアはすでに立ち上がっていた。
白い毛皮を翻す、その足元にはカーマの「右手」が転がっていた。
「!?」
無くなった右手の跡は空洞だった。
筒状のそれは、レプタイルに向けられていた。
筒の中に、閃光が集中していた。
「!」
レプタイルは悟った。
“筒”ではなく、“砲”だと。
「!!」
それも。
拳銃とは比較にならない、とてつもない威力。
「!!!」
凝縮集中するプラズマエネルギー。梁の上。背後のロミ。

阻止できない!

回避できない!

防御できない!

「スッゴイの見せたげるッ!!」
瞬間。爆音と共に光は何十倍にもふくれ上がり、巨大なエネルギー球となって放出された。

「!!!!」
レプタイルは両腕をクロスさせた状態で被弾した。
コートが散り、肌が焼ける。全身が大きく後退する。
凄まじい流れに梁から足が離れ、レプタイルは防御の体勢のまま吹っ飛ばされた。
飛ばされた先には扉。そこにはロミもいた。
「!!!!!」


爆発音と共に大時計が半壊した。


「ハァ、ハァ‥‥やったワ!ビバ・人類の英知ッ!」
カーマは梁の先を見やった。
大時計盤への扉があった辺りの壁はあらかた吹き飛び、大きく風穴が空いていた。
「ワーオ‥‥」
足元に落ちていた右手を拾って元の腕に戻し、指を動かす。
『キャリキャリ』鳴り、問題なく動いた。
「グッフッフッフ、我ながらセクシィすぎる破壊力だワ!
 あいつ死んだかしラ?死んだわよネ?死んだに決まってるわよネ?」
おそるおそる梁の先へと歩を進めた。


「!‥‥‥‥」
レプタイルの右手は、破損した大時計盤のへりに捕まっていた。
全身の流血が激しい。ただでさえ先のゴライアス・ガーデンでの戦闘で
負った傷が癒えていない。
「お、おじさん‥‥!」
そして、左手にはロミを抱えていた。
幸い彼女はエネルギー球の直撃を免れたがあまりのショックにレプタイルの体に
しがみつき、震えていた。
「‥‥‥‥!」
レプタイルは上を見た。
“奴”が笑っていた。


 


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