『ANGEL』

22


大聖堂へと戻ってきたレプタイルとロミを見て、張は時計塔内での勝負の結果を察した。

やっぱ始末屋レプタイル‥‥とんでもねえ。

「よお‥‥勝ったみてえだな‥‥」
大分休んだおかげか身を起こすくらいの事はできた。
息も絶え絶えの張に、ロミが駆け寄った。
「おじさん‥‥さっきはありがとう」
少女の無事も確認し、張は安堵した。でもまだキン○マは痛かった。
「‥‥‥‥。」
自分をただじっと見つめるレプタイルを、張はいぶかしんだ。
「え、何?‥‥‥‥あ!」

よくよく考えてみりゃあ‥‥
レプタイルから見れば俺、おもっくそカーマの側の人間じゃん!

みるみる顔が青ざめ、張は狼狽した。
「ま、待ったァーッ!話せばわかるッ!カーマとは今日たまたま成り行きで
 一緒にいてただけなんですぅ!許して助けて見逃して!
 もう酒も煙草も競馬もパチンコもマージャンもゲーセンで負けた時筐体叩くのも
 やめるからだじげでェェェェェーーーッ!!!」
「‥‥かなり派手に暴れた。いつ警察が来るかわからない。
 お前も早々に姿を消した方がいい」
「え、あ、はい」
「‥‥いくぞ」
ロミを連れて聖堂を出て行くレプタイルを張はただ、見送った。


夜のヘブンズヒル。
ロミを背負い、ひっそりとした人気のない通りをレプタイルは歩いていた。
遠くから繁華街の喧騒が聞こえる。
傷ついた体を押し、ロミの家へと向かっていた。

夜風が、かなり冷たかった。

「おじさん、本当にもういいよ。ボクもう1人で歩けるから‥‥」
服があちこち焦げ、かなり負傷しているレプタイルに背負ってもらっている事に
ロミは気が引けていた。
「かまわない」
レプタイルは一言で一蹴した。
先ほどからこのやり取りが何度も繰り返されていた。

正直ロミは、恐怖から完全に立ち直ったわけではない。
父親も、帰ってくるわけではない。
しかし泣いてばかりはいられない。
ロミは決意しなければならないと思っていた。

「おじさん‥‥ありがとう」
ロミは言った。
「ボクもう‥‥1人で歩けるから」
さっきまでとは別の意味合いのこもった言葉だった。
「‥‥そうか」
レプタイルはその場にしゃがみ、ロミを降ろした。
「しかし忘れるな。オノーは君を懸命に守ろうとしていた。
 ‥‥決してお前は1人ではない」
「おじさんもね」
レプタイルはロミの顔を見た。いとおしいまでの笑顔が月明かりに照らされていた。
「ボクたちはおじさんの味方だから。おじさんも1人じゃないよ」
強い子だ、とレプタイルは思った。
「俺が‥‥怖くはないのか?」
「少し怖い。でもボク、おじさんの事好きだよ」
「‥‥‥‥。」
「だっておじさん、いい人だもん」
「‥‥違う」
レプタイルは即座に否定した。

いい人なわけがない。
ロミを助ける為とはいえ俺がやった事は、ただの殺戮だ。

「違わないよ。だって、こんな傷だらけになってボクを助けてくれた。
 おじさんはいい人だよ」
「‥‥‥‥。」
「もしおじさんが『自分は天使だ』って言ったら、ボクは信じる」
「‥‥‥‥。」
汗と血に汚れた唇が少し歪んだ。苦笑‥‥に見えない事もなかった。
「‥‥こんな汚れた天使などいない」
「そう?ボクには綺麗な天使に見えるよ」
「‥‥‥‥。」
「さ、帰ろうよ!オノーさんに早く手当てしてもらわなくちゃ!」
ロミはさっさと歩き出した。

夜風が、少し冷たかった。


 


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