薔薇の咲く夜に


 疲れているとは自覚したくはなかったが、それでも、最近のマフィアの在り方には、モニカも頭を悩ませていた。

 かつては名誉を重んじた伝統も近年ではすっかり影を潜め、今では、上部が決定した人物だけを殺すという従来の方法から、一般市民をも巻き込む無差別テロ的な方法を取られる事が多くなってきた。

 つい先日も白昼堂々、「マッツェッタ(みかじめ料)を支払わない」という理由で、とあるブティックショップが爆破されたばかりで、店主は爆死、店員を含む店にいた多数の市民も巻き込まれた。

 しかも、オメルタ(沈黙の掟)による各ファミリー内の結束の意識はすっかり希薄になり、昔は有り得なかったペンティート(改ざん者)が、ここ数年で急増。警察に内部事情を明かす者が多くなっているのも、マフィアにとって大きな打撃となっている。

 また海外に目を向ければ、冷戦後に成長を遂げたアルバニア・マフィアやロシア・マフィアなどによって、麻薬や武器市場といった、シチリア・マフィアの得意分野が少しずつ押されているのも確かだ。

 誇りあるシチリア・マフィアは、今や事実上の国際競争力を失いつつあった。

 その矢先に起きた、今回の爆破事件。年を追うごとに各地で反マフィア運動が展開される中、いくら政界や財界との親密な相互関係があるとはいえ、似たような事件がこれからも起きる様であれば、さすがに死活問題になりかねない。言ってしまえば、マフィアは癒着という名の『体制への寄生』でしか、生きる術は無いのだ。

 古くからの仕来たりを守り続ける各ファミリーのドンが、それぞれに取引のある上院議員達を会食等に招いて便宜(べんぎ)を図り、必要以上に敏感になって火消しに躍起(やっき)になるのは、致し方のない事であった。

「まったく。難儀(なんぎ)な商売だよ、マフィアというのは」

 火皿の刻み煙草に火を点けて擦ったマッチを灰皿に捨てると、モニカはシートにもたれかかり、紫煙を燻(くゆ)らせながら天井を仰いだ。


 


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