薔薇の咲く夜に


 ティレルモ海を左手に望み、右手には広大な小麦畑が延々と続く国道を、黒いボディーのリムジンは走り続ける。街を離れてから、彼是(かれこれ)20分が経とうとしていた。

 コーン。

 無音と沈黙の車内に、乾燥した音が小さく響く。モニカが煙管の灰を、煙草盆の灰吹きに叩き落しているのだ。そして空になった火皿に刻み煙草を丸めて詰め、マッチを擦って火を点ける。その作業を、モニカは繰り返し続けていた。この20分の間に、もう何度、煙管で灰吹きを叩く音を聞いたのか分からない。

 一服ニ服と吸って煙を口内に留め、香りと味をゆっくり愉しんでから、やおら空中に向けてぷかりと吐く。これが本来の煙管での喫煙の作法である。

 コーン。

 しかしモニカのペースは通常のそれよりも明らかに早い。ものの2、3分も経たないうちに、すでに先程吸った煙草の灰を灰吹きに落とし、新しい刻み煙草を煙草盆から摘み取っている。

 普段でも見られないモニカの喫煙のハイペースぶりに、ヴィンセントとミネルバはおよそ見当が付いていた。

「(……やっぱり機嫌が悪い、か……)」

「(盆に煙草を大目に入れておいて正解だったわね)」

 ヴィンセントとミネルバは内心、小さく溜息をつく。そう、モニカはすこぶる機嫌が悪かった。

「(まあ、今日の会食の内容が内容だけに、な……無理もない。が……)」

「(流石にこれはちょっと……きつい、かも)」

 すでに車内の空気は立ち上る煙によってうっすらと濁り、このままでは走行に支障が出るかもしれない状況にまで来ていた。ここまできては、流石にヴィンセントも苦言を呈(てい)さざるを得ない。

「あの……」

 と、言葉を発しようとしたヴィンセントをさえぎり、不意にミネルバが、堪(こら)えきれずに小さく咳き込んだ。

「あっ……も、申し訳ありません」

 口を押さえ、慌てて謝るミネルバを横目で見ると、モニカは天井に向けて煙の輪を吐き出し、それを眺めながら大きく息をついた。

「……………………悪い。もう止める」

 コーン。

 ぶしつけに答え、手の中でクルクルと回していた煙管を灰吹きの縁に叩き付けると、モニカはくすぶる灰を中に捨てた。


 


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