薔薇の咲く夜に
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| ベェルレッタ家の屋敷は沿岸の廃村の、林に囲まれた小高い丘の上にある。窓を開けて換気を済ませ、車内の空気をすっかり入れ替えたリムジンは、国道から脇に曲がると、その村沿いに延びる道をひた走った。 モニカは窓の外を流れる見慣れた景色に目を向ける。浜辺には朽ちた漁船や投網が打ち捨てられ、草に埋もれかけた石畳の中、白壁の禿げた板葺きの家が立ち並ぶ。村の中央には小さな広場があり、機能を失った教会堂がそびえ建っている。 ここがいつから廃村となったのかは分からない。モニカが揺り篭(かご)の中にいる時から、村には人の気配がなかった。 生前に父が言っていたのによれば、村の荒廃は祖父の父、つまりは曽祖父の時代にまで遡(さかのぼ)る。教会の最後の司祭が老衰でこの世を去った頃から、海で魚が取れなくなり始め、やがて数年にわたって不漁が続いた結果、次第に人が離れていったという。 「やっと我が家に到着する、か。ようやく人心地つけるな……」 月明かりにぼんやりと浮かぶ家並みを見ながら、モニカは小さく安堵の溜息をつき、誰にともなく呟く。 過去に置き去りにされた村ではあったが、モニカにとっては唯一、心が休まる地……安寧(あんねい)の拠(よ)り所である事は確かであった。 |
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