デートは命懸け


「…ってわけで、ホント遅れてごめんなさい」
 約束の時間から約三十分ほど待たされた彼氏に向かって頭を下げる雪絵。
「ははっ、構わないッスよ。雪ぴょんの為なら1時間や2時間くらい待たされても良いくらいッス」
 爽やかな笑顔で応じる雪絵の彼氏は、緋龍悠浬。
 某国立大学の法学部卒業のエリート刑事であるが、童顔である事も含めて『そう』は見えない。
 警察官が高校生の彼女と付き合うというのも微妙で、無論、プラトニックな関係である。
 だが、キスはしたことがある。
「それより、雪ぴょんが、絡まれたり、ケガさせられたりしないで良かったッス」
「ああっ、ひーちゃん、ありがとう!!」
 神の加護を受けたように感動の叫びを上げる雪絵に、悠浬は頬を掻いた。

「それにしても、『怖い人たち』ッスか。もしかして、アッチの端にいる人たちッスかね?」
「へっ?」
 悠浬の示した方に視線を向けると、黒尽くめの一団が会食しているのが見えた。
 その中央にあの金髪の女性が座っている。
「ああっ!? あの人たちよ」
「やっぱりッス。雪ぴょんのちょっと前に来てたし、見た目が圧迫感あるッスからね」
「ねえ、ひーちゃん、逮捕しちゃってよ」
「ははっ、そりゃ無理ッス。怖そうだってだけで逮捕なんかできないッスよ」
 雪絵と悠浬のテーブルに前菜が運ばれて来た。
「とにかく、今夜はゆっくり楽しむッス」
「そうね。乾杯♪」
 悠浬はロマネコンティ、雪絵は未成年なのでお酒ではなくフレッシュジュースの注がれたグラスを交わした。

 しかし、甘い一時の開始であると思われた乾杯に、神様は嫉妬したらしい。
 唐突に、レストランに銃声が響いた。
「なになになに!?」
「雪ぴょん、頭を下げるッス」
 恐慌に陥りそうになる雪絵の頭をグッと抑えつけて、自分のもとに引き寄せる。
 細腕にしては、意外と力がある。
 銃声のした方では、男が数人、銃を構えて客を威嚇しているのが見えた。
「どうやら、テロリストっぽいッスね」
 この高級レストランには大物の政治家や企業家など格界に影響を与える人物が良く利用している。
 悠浬も以前、公安部部長や内閣情報調査室長と、会食したことがあった。

「おとなしくしてろ。そうすれば、殺しはしない」
 乱入者のリーダーらしき顎鬚を生やした男が軍用ライフルを掲げる。
「俺たちは無駄な殺しはしない。自分たちに牙を向く者を容赦なく牢獄に叩き込む政治家たちとは違うからな」

「銃を振り回して人の邪魔をしてるくせに、何を言ってるんだか」
 雪絵の呟きに、悠浬は愛しそうに彼女の髪を撫でた。
「そういう純粋な怒りは大切にした方が良いッス」
 そして、雪絵の耳に囁く。
「雪ぴょんは、ここで、じっとしてるッス」
「えっ、ひーちゃん?」
「ちょっと、片付けて来るッス」
 困惑する雪絵に、悠浬はいつもと変わらぬ笑顔で応えて、テーブルの影に隠れるように姿を消した。


 


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