ダウン

V


キルマー・バレンタインは少女の頭上を舞い、
年齢を全く感じさせない身軽さでエレベーターに飛び込み、
獣が飛び掛ってくる前に扉を閉めて、

なんとか事なきを得た。ぎりぎりで。

長崎があそこで寝ていた理由も、合点がいった。
おそらく、一足お先にあの光景を見て、
少女がいなくなるまで寝ちまえ、とでも思ったのであろう。

「・・・・ナガサキ、ミュー・・」
二人のことを想い、思わず頭を抱えるキルマーだった。
エレベーターは獣から一刻も早く逃れんと全速力で、最上階へと向かっていた。

小気味良い音と共に、扉が開く。
目の前にはドア。コンコンと小さくノックをして、即座に答えが返る。
「入れ、キルマー。」

「失礼いたします、閣下。」
ゆっくりと、キルマー・バレンタインはそこに足を踏み入れた。
そこにいるのは、この国の元首。

そして神から贈り物を受け取った男でもあり、
そして血みどろの階段を歩く男、

ゴライアス・ゴードンである。

「なにやら騒がしいようだな。」
「閣下がお気になさるようなことではございません。」
「そうか。」
静かに一歩一歩、キルマーはゴードンに近づいた。
机上にふわり、と丁寧に書類を置いて、ゆっくりと傍らに立つ。
ゴードンは、それを手に取り、ぱらぱらとめくる。

いつもと何も変わらぬ光景。
いつもと何も変わらぬはずの現状。

変わらぬはずの―――・・・


小雪がちらほらと舞い始めていた。
コンビニのなかで、例のフカヒレツナ(以下省略)中華まんを発見したグラス兄弟は、
暖房の温もりから出る事が、
「・・温い」「ねえー・・・・・・」
なかなかできずにいた。
「・・・・・・見ろ、きん肉マンの単行本があるぞ、弟。」「そうだね、兄者。」

「お客様、こちら、お包みしました。」
「・・・帰ろうか?」「力の限り悩むね。」
「・・・・・・・お客様?」
「けど、早く行かないと」「あのジェノサイド・コロネが・・と、兄者は言いたいんだろう?」
「おお、お前平気なのか!?」「うんにゃ、平気じゃない。とめどなく。」
「・・・・・・・そうだよなあ。」「・・・・・・我らほんっと小心だよねえ・・」

「お・・お客様ー・・」

フカ(以下省略)中華まん十個をぎっしりと袋に詰めた二人は、
人ごみ溢れるヘブンズヒルの街を歩き出した。
「・・・・・こんなクソ寒い中」「さっきの暖房が羨ましい・・」
肩を落としつつ、二人はとぼとぼと歩いた。

とぼとぼと・・ゆっくり・・・・・・・・・

だが、足を止める。
なにかが違うと、そう感じたのだ。

なんだ?
どこにある何が違う?
どこだ!?
どこにある!?
・・・空?
「・・・・鳥が・・」「いない・・・?」


それは、天よりの眼。
あらゆるものを見通し、あらゆるものを知り、そして的確に狙う眼。
それに狙われたということは、死を意味する。

混沌を意味している。



道路が、割れた。
正確には路上に停めてあった車が爆発したのだ。
一瞬で、しかもとてつもない勢いで、大地が音を立てて割れ、粉砕した。
猛烈な爆風を巻き上げ、二人の後方数百mに砂塵が上がり、
風に乗って鼻を貫く臭いが立ち込め、黄色い煙が浮かび上がっていた。
強烈な煙だった。

二人には、それが死の煙に感じられた。
「ど・・ど・・ど・・」「毒ガスだぁっ!!!!」

瞬間、途方も無い大パニックが始まった。


 


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