エバは行く
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| エバ・グレッス19歳 夏。 「ちったぁ遠慮しろってんだよ‥‥‥!」 砂煙舞い、銃弾飛び交う中東の戦場。 その最前線の塹壕に白い髪の少女、エバはいた。 つば付の帽子を目深にかぶる。常に周りには微粒の砂が舞ってるので防塵ゴーグルも外せない。 頭上を銃弾の雨が通り抜けていく。185cmの体躯を誇るエバは少しでも立ち上がったら蜂の巣になってしまう。 他に仲間は誰もいない。エバは必死に塹壕に身を隠してやりすごす事にした。 背をピタリと地につけ、ただ攻撃がやむのを待つ。 土が熱い。 舞っている砂が詰まるといけないので銃口には手袋を被せていた。 やがて銃撃がやんだ。 「ふぅ‥‥‥」 一息ついてると自分の陣地から兵が1人、走ってきた。 姿勢を低くしてそばまでやってきた。 「エバさん、伝令ですっ!」 なんかヒョロッとして頼りなさそうな男だった。 「無線で連絡取ろうとしたんですけど、その、繋がらなくて‥‥‥」 「あんなボロいトランシーバー、とっくに壊れちまったよ」 「は、はいすみません‥‥‥」 別に男が悪いわけではないのだが、謝ってきた。 「で、なに?」 「はい、エバさんに一度、本部に戻ってほしいそうです」 「わかった。あとさ、」 「はい?」 「お前頭高すぎ」 「はお‥‥」 男の頭の上半分が爆ぜた。敵の弾が当たったらしい。 「あっちゃあ‥‥‥」 下顎の歯が露出した死体が倒れる。 「アーメン」 エバは胸の前で十字を切った。 「敵さんマグナムまで持ってるのかよ‥‥‥こいつぁ楽には帰れねぇな」 言いつつエバは塹壕から飛び出した。 エバはロシアで生まれた。 幼少の頃、日々の生活もままならなかった家で厄介者扱いだった自分は 家出して流れ流れて、いつのまにか傭兵部隊に身をやっしていた。 闘争に明け暮れる毎日。 戦い、戦い、戦う。死んだらそこまで。死ななきゃ生きてる。 そんな毎日が全てだった。 自分にはもはやここしか居場所がない。 自分には戦うしか能がない。エバはそう思っていた。 本部へ戻るとマードックがいた。エバの所属している傭兵部隊の隊長である。 横に知らない男もいた。 エバは帽子とゴーグルを取った。ふぅ、と息をつく。 額の左側からコメカミへと伸びた傷跡が生々しい。 浅黒い肌の中年はエバの決死の帰還を労うでもなく、さっさと用件を言い始めた。 「エバ、ラバンダという国から戦場の取材をしたいという人が来ている。 お前が面倒を見ろ」 マードックのそばにいた長い髪の男が挨拶した。 「は、はじめまして、アルバンス・ガーフィールドといいます!19歳です」 男は自分よりはるかに大きい体格の少女に緊張しつつも、にこやかに挨拶した。 「エバ・グレッスだ。呼ぶ時はエバでいい」 自分と同い年のわりには青臭いガキ。それがエバの初対面の印象だった。 2人は本部のテントを出た。 「僕は大学生だったんですけど、一念発起して戦場カメラマンとして 一旗挙げたいと思ってるんです!それには肉薄した場面を直接取材するのが 一番手っ取り早いかな、って」 「名を上げたい、てだけでこんなとこまで来たのか?案外軽薄な奴だな」 エバの毒舌にアルバンスはめげずに笑った。 「いや〜、自分は全然素人なんで、ここは行動あるのみかな、て思ったんで、ハハ。 それにクニにいても、家の畑耕すしかする事ないですから」 「‥‥‥家、あるんだ」 「あ、ありますよそりゃあ」 「素直に畑耕してりゃいいものを‥‥‥こんな所来て後悔しても知らないからな」 「お、おどかさないでくださいよぉ!」 「ほれ、受け取れ」 エバは拳銃を渡した。それを手にキョトンとするアルバンス。 「あの‥‥‥これは?」 「それは『ケ・ン・ジュ・ウ』って言うんだよ。ラバンダには鍬しか無いのかい?」 「いや拳銃なのはわかってますよ!これ、僕が使うんですか?」 「そうだ。自分の身は自分で守れ。ここではそれが常識だ」 アルバンスもさすがに戦場の緊張感を感じ取った。 「わ、わかりました‥‥‥」 引き金を引いてみる。 破裂音と共に弾丸が飛び出し、エバの足元に当たる。 「うわぁお!?」 肝をつぶすエバ。 「あ、ご、ごめ‥‥‥」 「ば、馬鹿ァーッ!なに引き金引いてんだてめぇ!?」 アルバンスに掴みかかる。 「いや、あ、ままさか弾丸が入ってたなんてハブッ!?」 その口にジャブがめり込む。 1発、2発、3発、4発。5発殴ったところで手を離した。 「今度やったら殺すからな」 「は、はひぃ‥‥‥」 顔を腫らしながらアルバンスは答えた。 |
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