エバは行く


「彼は今日、ラバンダに帰るそうだな‥‥‥?」
エバのテントに、珍しくマードック隊長が1人でやってきた。
「ええ、今頃港に着いてるでしょう。船で故郷へ行くそうです」
銃筒を磨くエバ。もう十分磨きこまれ、光を放っている。
「‥‥‥プロポーズを、されたそうだな」
「はい」
「行かないのか?」
「‥‥‥。」
エバは黙ったまま、答えなかった。肯定か、それともまだ迷っているのか。
「今からジープを走らせれば、まだ間に合うな‥‥‥」
「マードック隊長‥‥‥」
「なんだ?」
「‥‥‥私は戦う事しか能がない人間です。ここが私の居場所です」
「‥‥‥エバ」
マードックは、幼い頃から面倒を見てきた精鋭を眺めた。
そして、鍵を一本手渡した。
「ジープのキーだ。あとで掃除をしておけ。ちなみにガソリンは満タンにしてある」
「‥‥‥了解」
そしてマードックはテントを出て行こうとし、振り返った。
「エバ、あと‥‥‥」
「はい?」
「お前はさっき自分の事を"戦う事しか能がない人間"と言ったな‥‥‥」
「はい‥‥」
「‥‥‥世の中には戦う勇気すら持たない人間もいる。もっと自分に自信を持て」
「‥‥‥。」
「最後にエバ‥‥‥‥‥‥アルバンスはいい奴だったか?」
「?‥‥‥」

突然やってきて、突然帰っていった男。
アルバンスは今までエバが出会った事のないタイプの人間だった。
彼と過ごしたこの数ヶ月はエバにとって‥‥‥

「話をしてて気持ちのいい‥‥‥とてもいい人‥‥‥でした」
「エバ‥‥‥お前は彼が来てからよく笑うようになったな‥‥‥」
マードックはテントを出て行った。


客船の甲板から下を見るアルバンス。
空は晴れ渡り、港の様子はよく見えたが、彼の探す人影はみつからなかった。
汽笛がけたたましく鳴る。出港の合図だ。
客船はゆっくりと港を離れ始めた。
「やっぱり‥‥‥駄目だったか」
エバ。血みどろの戦場でも己を見失う事なく戦う彼女の凛とした姿に、そして
厳しい言動の中に確かにあった暖かさに、自分はいつしか惚れていた。
しかし所詮自分の気持ちの空回りだったのだ。
彼女にしてみれば任務で自分の面倒を見ていたに過ぎなかったんだ。
きっと今は"青臭いガキ"の世話から開放されて清々してるのだろう。
「エバは‥‥‥これからも戦い続けるのだろうな‥‥‥」
彼女は明日死ぬやもしれない戦場にいる。
戦争の心配のない、平和なラバンダに彼女を連れて行きたかった。
「‥‥‥それならなんで俺はエバをかっさらってでも連れて行かなかったんだ!?
 いや‥‥‥いきなり結婚とか言ったのもまずかったかなぁ‥‥‥
 そもそも畑耕すしかない貧乏男になびくわけなかったか‥‥‥
 考えに考え抜いて告白したはずだったのに‥‥‥!
 あ〜俺ってやっぱダメダメな男だ!」
意気消沈し、アルバンスは船室に戻った。

自室の扉を開けたその顔に上着が投げつけられた。

「鍵ぐらいかけとけ。無用心だな」
船室のベッドに、エバが座っていた。
「エ、エバ!?」
目を丸くするアルバンス。
「え?港、ずっと見てたのに?え!?」
「ああ、金なかったから。こっそり忍び込んだ。黙ってろよ」


傭兵部隊本部テントで部下からの無線を受けるマードック。
『‥‥‥港でジープを発見いたしました。キーも付けたままです、どーぞ』
「掃除はされていたか?」
『え?‥‥‥は、はい、ピッカピカであります、どーぞ』
「そうか、ならいい。ジープを回収して戻ってこい」
『えぇ!?た、隊長っ、エバはどうするのですかあ!?‥‥‥どーぞ』
「私は「ジープの掃除をしろ」と命令しただけだ。港へ行ってはいかんなどと
 言った覚えはない」
『た、隊長‥‥‥』
「言うな。‥‥‥私の判断はいつも正しかった。だから私は今も生きている。
 今回もきっと正しい結果を弾き出す。これでいいのだ」
『‥‥‥了解しました』
無線機を切るマードック。
「これで、いい‥‥‥」
その表情は嬉しそうにも、寂しそうにも見えた。

父親の、まさにそれであった。


 


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