エバは行く


アルバンスはラバンダの港へと降りた。
久々の故郷の地を踏んだアルバンスの表情は明るかった。
今日からまた新しい生活が始まるのだ。問題は‥‥‥。
「エバ‥‥‥ちゃんと出てこれるだろうか?」
密航者であるエバはアルバンスと違い堂々と港を出るわけにはいかない。
しかし「うまくやるから先に出とけ」という彼女の言葉を信じてアルバンスは
出てきた。
入国手続きを済ませて出てきたアルバンスを親友が待っていた。
「おう、マッジオ!」
ガッチリとした体格の、眼鏡をかけた青年が車で来ていた。
「アル、突然大学をやめた時はどうしたのかと思ったが、元気そうだな。
 ま、車に乗れ」
「マッジオ‥‥‥そのボロ車まだ乗ってたのか?」
かなり年季の入った青い軽自動車。ところどころへこみ、確かにボロい。スクラップ寸前。
「ボロ車とは失敬だな!ちゃんと「ブルータイガー号」っていう名前があるんだぞ!」
「どこらへんがタイガーなんだよ?」
「こんな車でもここじゃ貴重なんだよ。いいからさっさと乗れよ」
「待ってくれ。まだ連れがいるんだ」
「連れ?」
「俺の‥‥‥妻になる人なんだ」
「な!?」
目を丸くするマッジオ。しかしすぐに満面の笑みに変わった。
「こいつぅ〜!カメラマンの道あきらめてすっかり落ち込んでるだろうから
 どう慰めてやろうか思案してたのによぉ!やっぱアルは転んでもタダじゃ
 起きないな!で、どこよ!?」
「ああ、もうすぐ出てくると思う」

「よう」

「!?」
いつのまにか2人の背後にエバが立っていた。
「こいつは誰だ?」
不躾にマッジオを指差す。
「あ、ああ、友人のマッジオ。大学の先輩だ」
「ど、どうも、はじめまして‥‥‥」
自分よりはるかに体格のいいエバを見上げるマッジオ。
「エバ、いったいどうやって‥‥‥?」
「ああこの国、警備、ザル。あっさり通り抜けれたよ。せっかく装備整えてきたのにさ」
小機関銃と拳銃を出すエバ。
「うわぁしまえしまえ!」
慌てて周りを見るアルバンス。
「き、君‥‥‥この銃、本物なのか?」
いまいち事態がよく飲み込めてないマッジオ。
「ん、ああ本物だよ」
『ぱらららららららら』と小気味よく機関銃を放つ。
『プチュンプチュンプチュンプチュン!』とマッジオの車が蜂の巣になった。
「あぁあ俺のブルータイガーッ!?」
「え?これ捨ててあるんじゃなかったの?」

ラバンダの田舎道をブルータイガー号は走る。蜂の巣になってもなんとか走ってた。
大の大人3人(しかもエバは特大サイズ)を乗せつつも悲鳴をあげつつ走ってた。
時折プスンプスンと不吉な音をたてつつ。いつ炎上するかわからないがとにかく走ってた。
半泣きでハンドルを握るマッジオ。助手席にアルバンス。
後部座席をエバが陣取っていた。
車内の風通しはなぜかすごく良かった。
「あの‥‥‥マッジオさん?その‥‥‥ゴメン」
さすがにバツの悪そうなエバ。
「なぁアル‥‥‥」
マッジオがぼやく。
「な、なんだい?」
「すげぇな、お前のヨメさん。
 人の車ハチの巣にしといて「ゴメン」の一言で済まそうとしてるよ」
「いや、どうか許してやってくれ、俺からも謝るよ。その‥‥‥‥‥‥ゴメン」
「お前もかよッ」
「‥‥‥エバ」
アルバンスはエバの方を見た。
「なに?」
「君は‥‥‥あの銃で港の警備員とか殺すつもりだったのか?」
「そりゃ、どうしようもなくなればね」
「やめてくれ」
車内が静まり返った。
「エバ、ラバンダは平和な国だ。もう君は戦う必要なんかないんだ。
 人を殺す必要もない。頼む。もう二度と人殺しはしないでくれ」

「‥‥‥わかった。二度と人は殺さないよ」
エバは即決した。

「ありがとう。信じるよ」
「ねぇアル‥‥‥」
「なんだい?」
「‥‥‥再起不能は殺すうちに入らないよね?」
「再起不能もダメェーッ!本当に、本当に信じていいんだな!?」


ブルータイガー号はアルバンスの実家へとたどり着いた。
豊かな自然の中に木造の家が建っていた。
爽やかな陽光に照らされて映える緑の木々が心地よかった。
車のメンテを行うマッジオ。アルバンスとエバは家の中に入った。
薄くほこりがつもった室内はカーテンを広げると明るくなった。
「小さい家だろ?しばらくはここで野良仕事をするしかないんだが‥‥‥」
「薬はあるかい?」
「え?救急箱なら確かそこに‥‥‥」
救急箱の中身をチェックするエバ。
「消毒液もある、傷薬もある、清潔な包帯もある」
フタを閉めて窓から外を見渡す。風も心地よかった。
「家がある。平和がある‥‥‥最高じゃあないか」
「エバ‥‥‥」
エバの、新しい人生が始まろうとしていた。


『BON!』
ついに車が炎上した。
「うぁぁおーいアルーッ!水ーッ水ーッ!!」
ブルータイガー号は、最後の時を迎えようとしていた。


 


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