エバは行く


エバ・ガーフィールド27歳 秋。


エバはアルバンスに連れられ、首都バンズへと来ていた。
「エバ、今日はきっとラバンダの歴史に残る一日になるよ」
大統領演説を聞いた帰り道、愛娘イリアをおんぶしながらアルバンスは言った。
イリアはすっかり疲れて眠ってしまっている。
エバはバンズの大通りを見渡す。
どの区画にも警官が配備され、厳戒体制が敷かれていた。
「大層な警備だねぇ、ガイア共和国なんて名前、聞いたことないけどねえ。
 ゴードンだっけ?演説の時も遠くて顔もよく見えなかったよ」
「でもまぁなんといっても大統領だからな、これくらいの警備は当たり前なんだろうな」

ガイア共和国大統領、ゴライアス・ゴードン。
彼がラバンダで一大事業を起こすという話は一躍トップニュースとなった。

『ラバンダは海に浮かぶ宝石だ。この国の人々はその価値をもっとよく
 知るべきだ』

『ラバンダの資源とガイアの技術、これらは結ばれる運命にあった』

『我々と共に歩めばラバンダは6年で近代国家に生まれ変わる』

『人々の生活は確実に変化する。良い方向へと』

ゴードン大統領が先ほどバンズで高らかに行った演説にラバンダ国民は沸き立った。
流暢なラバンダ語で語られる、その力強い声に誰もが明るい未来の到来を予期した。
アルバンスも例外ではなかった。
「ラバンダは生まれ変わる、アジアで第2のジャパンになるんだ!」
興奮を隠せない様子だ。
「想像しただけでワクワクしてくるじゃないか!
 俺たちの家に電気がきて、国民全員がマッジオみたいに車が買えて、
 それに水道が通れば農作業もずっとはかどる!」
「夢みたいな話だねぇ‥‥‥」
「夢じゃないさ、これは『現実』なんだ!生きる希望がわいてくるじゃないか!」
「そんなにうまい事いくのかねぇ‥‥‥」
エバは"うまい話"はハナから信じ込まないタイプだった。
しかし、少年のように目を輝かせながら熱く語るアルバンスを見ているのは
気持ち良かった。

そしてふと、さっきから大通りの車道に車が一台も走っていない事に気づいた。

「ねぇ、さっきから車‥‥‥全然通らないね?」
「ん?交通規制でも行われてるんじゃないのか?」
遠くからパトカーのサイレンの音が響いてきた。
だんだん近づいてきたかと思うと数十台のパトカーが車道を行進する。
「これは‥‥‥」
「ゴードン大統領だ!きっと大統領がここを通るんだ!」
人々の目が車道に釘付けになる。
やがて、数台のパトカーに囲まれた、大きな黒塗りのリムジンが現れた。
「へえ、あの中に大統領が‥‥‥」
エバも思わずリムジンに目がいった。
それはエバの目の前を一瞬で通り過ぎた。
後部座席の、窓。防弾ガラスの向こうの人影。

エバは一瞬だったがその人影と目が合った。

「!‥‥‥」
間違いない。新聞などで見たおなじみの顔だった。
しかし、実際に見たそれにエバは「戦慄」した。
体に電流が走ったような衝撃。
自分たちとは、遺伝子レベルから違う「何か」をエバは見た。


リムジンの中にいた「それ」は、人間に見えなかった。


「やっぱ一瞬じゃ何も見えなかったな〜‥‥‥どうしたエバ?」
「!‥‥‥」
エバの額には汗がにじんでいた。
「い、いや‥‥‥なんでもない」
「そうか?いやぁそれにしてもゴードン大統領様様だな!ラバンダの未来は明るいぜ!」
「‥‥‥いいじゃあないか」
「ん?」
「別に‥‥‥あんな奴に頼らなくたっていいじゃあないか‥‥‥
 今のままで‥‥‥十分じゃないか‥‥‥」

エバは本気でそう思った。
贅沢はできないけれども、家族と豊かな自然に囲まれた平和な生活。
エバは十分満足していた。

「エバ‥‥‥現状に満足するのもいいけど、今俺たちは大きなチャンスを
 目の前にしているんだ!思い切って踏み出す勇気も必要なんだ!」
「アル‥‥‥」
「これはかなり勇気のいる一歩かもしれないが、進歩の為に必要な一歩なんだ!
 "舟に乗り遅れるな"ってやつさ☆」
アルバンスは屈託なく笑った。


まもなくしてガイアによる資源採掘作業が始まる。
ラバンダの人々はその事業に助力を惜しまなかった。
彼らは、自分たちが"死出の舟"に乗ってしまった事を知らない。


 


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