エバは行く

10


エバのフックが男のボディをえぐる。えぐる。汗と血が飛ぶ。
たまらず倒れこむ男。まだ余力はありそうだったが、その表情はすでに戦意を失っていた。
「ワン!ツー!‥‥‥」
シルバー山田がすかさずダウンカウントを取り始めた。
「‥‥‥エーイト!ナイーン!テン!」
両手を左右に振り、試合終了を告げた。
「ウィナー、エバ・ガーフィールド!」
裁が下された。
準決勝にもかかわらず、勝負はわずか一分足らずでついた。
「え、あ、もう‥‥‥決勝?」
エバの額を汗が流れる。単に夏の暑さによるものだった。

夏の熱気と観衆の声援で、マスカレード広場の格闘大会はおおいに盛り上がっていた。
「やったなエバ!本当に決勝まで進んじまったなぁ!」
リングを降りたエバの元にアルバンスたちが駆け寄った。
「ママ、次勝ったら優勝だよ!?」
イリアが顔を奮わす。興奮を抑えきれないようだ。
「ああ、こりゃ賞金はイタダキかな?」
愛娘の笑顔にエバも思わず頬が緩んだ。
「‥‥‥‥‥‥。」
一同の中で、マッジオだけが浮かない顔をしていた。
「どうしたマッジオ?シケたツラしやがって、お前まさかエバが負けると思ってるのか?」
「いやな‥‥‥残りの準決勝、バンハイの対戦相手が気になるんだ」
「バンハイの相手?」

エバと決勝を争う相手が決まる次の試合。
対戦カードはバンハイと、あのラムという男だった。
2人とも、エバと同じく今までの試合を破竹の強さで勝ち抜いていた。

エバはつぶやいた。
「ああ、あいつか‥‥‥」
「エバさん知ってるのか?」
「なんかね、大会前に控え室でバンハイと一悶着おこしてたよ」
「そうか‥‥‥」
「何者なんだい、あいつ?」
「いや、私もここに来てる格闘技マニアたちの話を立ち聞きしただけだから、
 よく知ってるわけじゃあないんだが‥‥‥あの男、かなり評判が悪いらしい」
「へえ」
「"ラットバイツ"(鼠咬み)ラム。その名のとおり猫が捕らえた鼠を弄ぶがごとく、
 対戦相手をなぶりまくるのが趣味だという話だ‥‥‥」
「ふーん。しかし今日はスマートに勝ってるみたいだけどね」
「おそらく‥‥‥バンハイを警戒させない為じゃないだろうか‥‥‥
 なんでもカラテやテコンドー、ムエタイとかのアジア各地の武術の道場を
 荒らしてきたそうだ。
 とかく格闘に関してはスゴ腕らしい。実際今日直接見たが、鮮やかなもんだ。
 もし私の聞いた話が本当だったとしたら‥‥‥ラムという奴、
 そろそろ本性を現す頃だ‥‥‥!」
「じゃあそれ早くバンハイに教えてあげたら?」
マッジオはため息をついた。
「言った。もう教えた。でもあいつ、てんで聞きやしねえ。
 なんか、『ブティ殺ーす』とか言って鼻息荒くしてたよ」
「そう。ま、バンハイなら勝つんじゃないの?」
「それなら問題ないんだが‥‥‥」


リングの上でにらみ合うバンハイとラム。
血走った目でにらむバンハイ。
「アーンタさっきは舐めたマネしてくれたじゃナーイ?
 ブチスコにボコのめしたげるから覚悟おしッ!!」
それに比べ、余裕の笑みを浮かべるラム。
青いサングラスの中の目には、相変わらず敬意のかけらもない。
「覚悟しといた方がいいのはてめェの方さ‥‥‥
 俺ァ今日はずっと「我慢」してたからなァ‥‥‥
 お前のような手ごたえありそうな「獲物」と当たるのを待ってたんだよ」
「フン‥‥‥それはそうとサングラス、いいかげん外した方がいいわよン?」
肩をすくめるラム。
「外す?なんで?そこまでの戦いになると思ってたの?
 オツムのおめでたさ加減なら間違いなく優勝だなァ?」
「て・め・え‥‥‥!」
お互いコーナーに戻る。
怒り頂点に達したバンハイをチュンがなだめる。
「バンハイさん、ここはクールダウンっす!
 まずは基本に沿って、冷静にジャブで様子を見ていくっす!」
剃りあがった頭からもう湯気が立ち昇ってしまってるバンハイ。
「オゥケェーイ‥‥‥ぜってー殺ーす!!」
「わかってますね?クールダウンっすよ!?」
「!?」

瞬間、バンハイの後頭部にラムが跳び蹴りを見舞った。

バンハイの顔面がコーナーの鉄柱に激突する。
「あ、あんた何するっすかあ!?」
チュンが吠えた。
レフェリーのシルバー山田が制止にかかる。
「貴様!試合開始前だぞ!」
「はァ?」
ラムは悪びれもしない。
「やるのかい?」
「?」
「やるのかい?ってきいてんだよ、バンハイさんよぉ?」
鼻血を一筋垂らしつつ、ラムに向かって立つバンハイ。
頭に血管浮き立ちまくり、完全に「キレ」ていた。
「レフェリー‥‥‥すぐ始めてくれ」
「‥‥‥わかった」
両者の間に立つシルバー山田。
「KOかギブアップ、またはダウンして10カウントで負けが確定する。
 眼球と金的への攻撃は認めない。ではレディー‥‥‥ファイッ!!」


こいつだけは‥‥‥格闘家として許せねえ!


 


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