エバは行く

14


夏は終わった。

カーニバルは盛況の内に幕を閉じた。
格闘大会で見事優勝を遂げたエバ。
マッジオの車で帰路に着くガーフィールド一家の表情は明るかった。
「アル、あたしの言ったとおりだったろ?」
「‥‥‥まいった。お前の強さを俺はまだ侮っていたよ」
「わたしはずっとママが勝つって信じてたよ!」
イリアが一番ご機嫌だった。
エバは窓から外を眺めた。風が涼しい。
というか風が強すぎる。フロントガラスがないゆえ。
「あの‥‥‥マッジオさん?」
さっきから無言で運転しているマッジオに、エバがおそるおそる声をかけた。
「‥‥‥なにかなミセス?」
無機質な声。
後部座席のエバからは運転しているマッジオの表情が読み取れない。
「あの‥‥‥怒ってらっしゃいます?」
「‥‥‥そんな事よりまず言うべき事があるのでは?」
「そ、そうね‥‥‥あの、一回目がハチの巣で、二回目がボンネットへこんで、
 で、三回目がフロントガラス破損と、だんだん症状が軽くなってますよね?
 これって良い傾向ですよね?」
「ちっとも良くなぁぁぁぁいッ!!ていうか謝れーッ!」
「ゴメンッ」
優勝賞金がフロントガラスの弁償に当てられたのは言うまでも、なかった。


バンズ空港。シルバー山田と固い握手を交わすクリン市長。
「Mr.ヤマダ、今回はラバンダに来ていただいて本当にありがとうございました」
「ん、有意義な時間だったよ。本当に来てよかったと思っている。
 あれだ、規模の大きい小さいはやっぱ関係ないね。要は選手たちがどれだけ
 熱い思いを抱いてリングに上がっているのか、これだ。思い、大事だネ」
「ごもっともです。あと、正直言ってあなた試合を審判しにきたんだか、
 荒らしにきたんだかよくわかりませんでしたけどね」
「なんじゃね、ワシのジャッジに不足があったかね」
「反則見逃すわ寝転ぶわトカレフは撃つわアンタ本当にレフェリー?」
「ワシはワシの正義に従うだけじゃ。
 誰がなんと言おうとワシは"レフェリー"シルバー山田だ」
「そ、そうですか‥‥‥あと、トカレフなんてどうやって持ち込んだんですか?」
「ん?あれだ、バラして別口で郵送させた」
「ゆ、郵送?」
「バラバラにした部品を複数に分けて『精密機械部品・サンプル』とかいう名目で、宿泊先のホテルまで送って、で、部屋で組み立てるわけよ。弾丸は現地調達。
 そんだけ」
「ゴルゴ13かアンタは!?アンタ本当にレフェリーなんだろうな!?」


同じくして、"ラットバイツ"ラムもバンズ空港にいた。
ダメージの回復もそこここに、ラバンダを去るところだった。
「クソったれが‥‥‥!」
その心中は憎悪と惨めさが渦巻いていた。
周りには誰もいない。取り巻きたちは皆、ラムに愛想をつかして去ってしまった。
結局はラムではなく、ラムの強さについていただけだったのだ。
「こんな国、二度とくるか‥‥‥!」

「奇遇だな、ラム君」

「?」
振り向くと、そこには怨敵シルバー山田がいた。
スーツケース片手にレフェリーの恰好のまま立っている。
「て、てめぇ‥‥‥」
「随分不機嫌そうだな」
「当たり前だァ!てめえがあんなふざけたジャッジさえしなければ‥‥‥!」
「エバ・ガーフィールドに勝てた、ってか?」
「‥‥‥!」
ラムとて戦いに関してはある程度熟練している。
拳を会わせてから痛感した。エバが自分よりはるかに強かった事は。
「ハッ、おかげで舎弟どもも1人残らず逃げちまったよ。惨めなもんさ」
「ああ、そりゃいい事だ。あんな連中といたらお前はダメになる」
「あ?」
老人は煙草(エコー)を一本、口にくわえ火を点けた。
「勿体ないよ、お前さんは」
「なにがだ?」
「チャンスと若さに溢れていながら、自分を粗末にしてやがる。勿体ないよ」
「何が言いたいんだ」
「おもいっきり負けた、今が正念場だって言ってんだ。
 このままズルズルと落ちるか、それとも一皮むけるか」
「‥‥‥!」
「惨めな負け犬にゃ、なりたくあるまい?」
ラムは自分の手を見た。
「‥‥‥おうよ。このまま終わる気なんざ、ねえよ。まずは‥‥‥」
「ん?」
「てめえを血祭りにしてやらあ!」
シルバー山田の頭めがけハイキックを放つ。
が、それは空を切った。
「!?」
「阿呆が」
空を切った足に手をそえ、さらに遠心力を加える山田。ラムは勢い余って宙に浮いた。
それを山田は空中でキャッチし、パイルドライバーで床(コンクリ)に叩き付けた。
「アアア!!?」
脳天を叩きつけられ、たまらずもんどりうつラム。頭を抑えてのたうち回る。
「いってェェェェェーーーッ!!!
 こ、この野郎ムダにテクニカルな返し技使いやがって‥‥‥!」
ふぅ〜、と煙を吐くシルバァ。
「お前、ワシと一緒に来い」
「ぐあああ‥‥‥、な、何?」
「お前はほっとくとま〜た悪い誘惑にひっかかりそうだからな。
 ワシが1から鍛えなおしてやる。一緒に来い」
「ケッ、やなこった。お断りだ」
「ガキが遠慮なんざすんな」
「いや遠慮じゃなくて本気でイヤだから言ってんだよっ!」
問答無用でラムの体をひきずっていくシルバー山田。
「な、なにしやがるジジイ!?」
「これからはワシの事は師匠(レーラァ)と呼べ」
「いや何言ってんだジジーイ!離せェェーーーッ!!!」


バンズの街中にあるボクシングジム。
バンハイはさっそくトレーニングを再開していた。
サンドバックを一心に叩く。
「バンハイさん、頭の傷は大丈夫っすか?」
チュンが心配げに見る。
「大丈夫よン!というか寝てられないじゃナーイ!?
 今回の事であの奥サンにまーた借りができちゃったじゃナーイ?
 さらにトレーニングを重ねて、いつかきっとラムに、そして奥サンにもリベンジよン!」
グローブをはめた手にいっそう熱を込める。いつか来る再戦の日を思って。


しかしバンハイがエバと再会する事は、もう二度となかった。


 


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