エバは行く

15


エバ・ガーフィールド31歳 春。


最初におかしいと思ったのは、農園で出来た作物を見た時だった。
ここ最近、出来がよくない。
大きさ、つや、味。明らかに「悪く」なっていた。

空気が汚くなったように感じたのは気のせいだろうか。
「近代化が進んでるんだ。ある程度自然の良さが無くなってしまうのは
 仕方ないさ」と夫は言った。
地質や水質調査をしてもらった方がいいんじゃないか、と言ったが
「そんなおおげさな」と笑って相手にされなかった。

エバは不安だった。
あの日、ガイア大統領の乗った車とすれ違ったあの時を、頻繁に思い出すようになった。

あの日以来、最初はラバンダの経済はうなぎ上りだったが、
やがて1つの節目を過ぎるとみるみる下降し始めた。
エバはその様子を自分の家に新しく普及したテレビでたびたび見ていた。
よくなる兆しはなかった。
夫の顔は日に日に暗くなっていった。
この頃から、元気だった娘は病気がちになった。

ガイア共和国は何をしているのか。
ラバンダはいったいどうなるのか。
自分たちはいったいどうなるのか。
国民は首脳部へ詰め寄った。
ラバンダ政府はただただ国民をなだめる一方だった。
ラバンダの民が、事態がどうしようもない所まで来ている事に気づくのにはもう少し時間がかかった。

事業はストップした。
工場が止まった。
採掘現場も止まった。資源が、なくなったからだ。
それらはもはや、ラバンダの自然を汚すしか能を成さなくなった。
夫は市民団体の会合に頻繁に出かけるようになった。
娘はよく熱を出すようになった。


「最悪だ」
会合から帰るなり、アルバンスは言った。
「政府内部からこぼれてきた情報なんだが‥‥‥
 どうやらガイアは全面的に手を退いていたらしい‥‥‥!」
「そう‥‥」
エバはあまり驚かなかった。ある程度予測していた事だったからだ。
「奴らは最初からラバンダの資源だけが目的だったんだ!
 搾るだけ搾り取ってサッサとトンズラする腹積もりだったんだ!
 気づくのが遅すぎた‥‥‥!」
苦悶のアルバンス。テーブルを力任せに叩いた。
「なにがゴードン大統領だ、とんでもない食わせ者だ!!
 エバ、俺達は騙されたんだ!!」
「みたいだね‥‥‥」
エバはそれよりも今はイリアの事が心配だった。
「‥‥イリアはどうだ?」
「‥‥‥病院で解熱剤をもらってるけど、あまり効果はないみたい。
 ねぇアル‥‥‥」
「なんだ?」
「やっぱりこの辺の水、悪くなってると思うのよ。
 水質、調べてもらった方がいいんじゃない?」
「‥‥‥そうだな。今度マッジオにでも相談してみるよ。
 とにかく今はなんとしてもこの国を救わなくては。この現状を他の国に知らせて
 手を打ってもらわないと。もうラバンダ政府はガイアに骨抜きにされてる!」

2人は病床のイリアのところへ行った。
「イリア‥‥‥」
「‥‥‥。」
イリアはベッドに横になっていた。やつれた顔が痛々しかった。
こないだ10歳の誕生日を病床で迎えたところだった。
こちらを見たが、何も話さない。話せないらしい。口を動かすと痛い、と前に言っていた。
「なんかしないと‥‥‥」
アルバンスは呻くように言った。
「最悪だ‥‥‥」


本当の「最悪」はそこまで来ていた。


 


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