エバは行く

16


人が死ぬ事には、慣れていたつもりだった。
しかし、今日は違った。
人の死とは、こんなにもつらかったものだったのか。


市民墓地。
エバとアルバンスは2人、小さな墓の前に立っていた。


墓地の横の電話ボックスでマッジオは受話器をとっていた。
「飲んでいた川の水に、化学物質が混ざっていたそうだ‥‥‥。
 イリアちゃんはまだ子供で抵抗力も低かったからな‥‥‥。
 ああ‥‥‥葬儀はきちんと済ませた。‥‥‥いや、気持ちはわかるが
 お前には大事な試合があるんだろ?無理するな。チュンやロネとしっかりがんばれ。
 ああ、気持ちだけ、ちゃんとアルとエバさんに伝えておくよ‥‥‥」
電話を切り、マッジオは2人のところへと戻った。

黒い婦人服に身を包んだエバの横に立つ。
「今バンハイと電話で話をしてきた。外国での試合でこちらにはこれないが、
 心からお悔やみ申し上げる、と‥‥‥」
「そう‥‥‥」
エバは上の空だった。
ただ呆然と、目の前の墓を見る。
アルバンスも同じだった。しかし赤く腫れた両目が、娘の死にどれだけの涙を促したかを物語っていた。
「エバ‥‥‥お前は悲しくないのか?」
ふと、アルバンスが口を開いた。
「‥‥‥。」
黙っている妻にアルバンスは激昂した。
「お前がお腹を痛めて生んだ子だろ!?
 イリアが死んだんだぞ!!あの子はなにも悪くなかったんだ!!
 お前は涙一つ見せないのか!?」
叫び荒れるアルバンスをマッジオが制止した。
「よすんだアル!‥‥‥悲しくないわけないだろ?
 エバさんが一番つらいんだ‥‥‥!」
いさめるマッジオの顔もまた悲痛だった。
「うぅううぅぅ‥‥‥」
アルバンスの嗚咽はその後もしばらく続いた。

「‥‥‥。」
アルバンスに対し、エバは終始静かだった。
人が死ぬ。
それはかつてのエバには日常茶飯事だった。毎日人が当たり前のように死んでいった。
文字通り屍を踏み越えて、エバは生きてきた。
人の死なんて、慣れっこだった。だから落ち着いてられるのだろうか。

違う。

本当に悲しい時というのは涙すら出ないものなのかもしれない。
こんなに人の「死」がつらいと感じたのは初めてだった。
今なんらかの行動を起こせば、どうにかなってしまいそうだった。
呆然としかできなかった。
泣いて発散できたアルバンスが、たまらなく羨ましかった。


「このままじゃ終わらせねえ‥‥‥」
アルバンスは拳を握り締め、呪うようにつぶやいた。
「このままじゃああの子があまりにも浮かばれねえ‥‥‥!
 奴らに‥‥‥ガイアに‥‥‥ゴードンに‥‥‥然るべき制裁を与えてやる‥‥‥」
復讐心。それがアルバンスの新たな生きる活力となった。


エバは1人、家へと戻った。
「‥‥‥。」
誰もいない、居間。
棚の上に飾ってある、写真を見た。2年くらい前に格闘大会で優勝した時のものだ。
マッジオやバンハイ、そして中央でアルバンスとエバがイリアを抱き上げていた。
みんな満面の笑顔。特にイリアの笑顔が一際まぶしく感じた。
「‥‥‥‥‥‥。」
もうあの笑顔は、戻ってこない。


泣いた。

エバは泣いた。

顔を手で覆い。

声を抑えて。

誰にも見られないように、静かに泣いた。


 


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