エバは行く
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| 「あれから1年、か‥‥‥」 ビジネスホテルの一室でアルバンスはポツリとつぶやいた。 ふと、無精ひげを生やしたままの顎を撫でる。そういえばここのところ髪も 切ってなかった。 あれから自分は、我ながらよくがんばったと思う。 ラバンダを救うため、ガイアを糾弾する為、あらゆる手を尽くした。 ろくに家にも帰らなくなった。エバには本当に申し訳ないと思った。 エバは言った。 自分たちがいくらがんばった所で「国家」には勝てない、と。 所詮はごまめの歯軋りだと。 しかしアルバンスは諦めなかった。諦められるわけがなかった。 暑い夏が過ぎ、そして寒風吹く季節も過ぎた。 そして自分の努力は、何一つ報われなかった。 ラバンダの地はもはや手の施しようの無いほどに荒れていた。 かつての楽園はもはや見る影もなかった。 ガイアへの糾弾もしかり。 他国へラバンダの実情を呼びかけるも、期待した効果は得られなかった。 先の無い小国よりも、ガイアの側に付いた方が得、という事か。 今まで自分が信じていた正義が、どんなに儚いものであったかを痛感した。 次々と亡くなっていく希望。 アルバンスの目的はいつしか「ラバンダの救済」から完全に「ガイアへの復讐」へと変わっていた。 復讐。どんな手を使ってでも。 アルバンスの顔はいつしか修羅のそれへと変わっていた。 全ての希望が潰えた今、アルバンスは日本にいた。 ガイア共和国大統領、ゴライアス・ゴードンが首脳会談の為に来ているこの日本に。 希望なき、最後の手段を行使する為に。 受話器を取る。 「‥‥‥マッジオだな。俺だ」 『アル‥‥‥"望みの品"は手に入った』 「そうか。これで奴らと戦える。あとは俺が実行するのみだ」 『どうしても‥‥‥やるんだな?』 「やる。何度も言ったろう」 アルバンスに迷いはなかった。 『そうか‥‥‥エバさんは、何か言ってたか?』 「‥‥‥‥‥‥」 一瞬、アルバンスの瞳が愁いを帯びた。 「手紙を‥‥‥送っておいた」 『‥‥‥言ってないのか!?』 「言わないでくれ」 『!‥‥‥』 「エバには言わないでくれ」 『アル‥‥‥』 「俺は、確実に人生が終わる大犯罪を犯そうとしている。 邪魔する奴は誰であろうと排除するつもりだ。多くの人間を巻き込む事になるだろう。 だが‥‥‥エバは巻き込みたくない」 『勝手な奴だ‥‥‥エバさんに聞かれたらぶん殴られるぞ』 「もうエバの話は、しないでくれ。俺はもう‥‥‥彼女とは関係のない人間になる」 『‥‥‥わかった。俺は情報屋と会ってから、そっちへ行く』 「情報屋?」 『私がかき集めたレポートの全てを、託すつもりだ。 マスコミも、近隣の政府も相手にしてくれなかったからな‥‥‥』 「お前、まだ諦めてなかったのか?」 『まぁな。たぶん彼は受け取ってくれると思う。 どんな"ヤバすぎるネタ"も買い取ってくれると評判の情報屋だ』 「そうか、まあがんばれ。じゃあ約束の時刻に‥‥‥」 『ああ、ナリタ空港で会おう』 アルバンスは受話器を置いた。 そして男たちは武器を手に戦った。 ゆずれぬ思いを胸に。 硝煙と炎渦巻く鉄の舟の中で、力の限り戦った。 しかし敵は、残酷なほど強大すぎた。 |
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