エバは行く

18


エバは信じられない気持ちでテレビのニュースを見ていた。

*『日本で起こったガイア大統領機ハイジャック事件はラバンダの
  テロリストグループによるものと判明しました』

ラバンダのエバのところまで情報が来た時には、全てが終わっていた。

*『主犯格のアルバンス・ガーフィールドを始めとするメンバーは全員死亡‥‥‥
  犯人グループはゴードン大統領と民間人を人質に取り立てこもっていましたが、途中仲間割れを起こし‥‥‥』

仲間割れ?全員死亡?
このニュースキャスターは何を言ってるんだ?
落ち着け。落ち着けエバ・ガーフィールド。
アルバンスがテロリストなわけないじゃないか。
きっとどこかのイカレた奴がアルの名を騙ったに決まってる。

テレビの画面に、犯人グループの名前が挙げられていった。
マッジオの名があった。バンハイの名もあった。
「‥‥‥同姓同名の別人さ。みんな別人さ! そうに決まってるじゃないか‥‥‥!」
エバは自分に言い聞かすようにつぶやいた。胸が張り裂けそうだった。

「アル‥‥‥早く帰ってこいよ‥‥‥!」
タチの悪い冗談だ。
アルが自分に黙ってこんな馬鹿げた事するわけがない。
アルは外国の政府にラバンダの実情を知ってもらう為に出かけたんだ。
アルはあの時、いつものようにここを出ていったじゃないか。
そして自分にこう言ったじゃないか‥‥‥

玄関のドアがノックされた。
エバはパッと表情が明るくなり、駆け寄って素早くドアを開けた。
「おかえり!!」
しかしその表情はすぐ失望のものへと変わった。
「ふ、封書です、ガーフィールドさん‥‥‥」
郵便局の配達員だった。
宛名はアルバンスからだった。

居間に戻る。テレビはまだハイジャック事件の詳細を伝えている。
封筒を開き、アルバンスからの手紙を読んだエバは、全てを知った。
エバが心の中で描いていた最悪の事態が、「現実」だと知った。
手紙を全部読み終えたころには、エバの頬を涙が伝っていた。

『君がこの手紙を読む頃には、すでに事は始まっているだろうと思う』
『このアルバンス・ガーフィールドを許してくれ。
 君を幸せにすると言っておきながらこのていたらくだ。
 本当に申し訳ない』
『しかし俺にはもうこの方法しかなかった。ラバンダの為に、踏みにじられた
 誇りの為に、そしてイリアの為に、俺は戦う道を選んだ』
『君に黙っていた事を許してくれ。言えばきっと君の事だ、
 ぶん殴ってでも止めるか、一緒に来ようとしただろう』

「一緒に行ったに決まってるだろ、バカ‥‥‥!」

『俺の人生はこれで確実に終わるだろう。死ぬかもしれない。
 そんな事に君を巻き込みたくなかった。どうかこの心中を察してほしい』
『離婚届を同封する。すでに俺の分のサインはしてある。
 俺なんかの死に縛られず、生きてくれ』
『愛してる。 アルバンス・ガーフィールド』

愛してる。アルはここを出る時そう言ったじゃないか‥‥‥

エバはやり切れない思いで封筒を、離婚届を、手紙を、全て破り捨てた。
「バカ! バカ!! バカァァッ!!!
 勝手な事ばかりぬかしてんじゃないよ!
 なんで黙ってたんだァ!?」
涙は止まらなかった。
「あたし達‥‥‥夫婦だろ!」

「‥‥‥‥‥‥。」
いつしかエバは拳銃を手に、居間の椅子に座っていた。
「‥‥‥死のう」
生きる希望はもはや無い。
死を選ぶに値する絶望だ。
アルバンスや、イリアの笑顔が愛しい。
車を壊されて猛るマッジオや、メンツを保とうと必死こいて自分に挑んでくる
バンハイの顔も今や懐かしく、愛しい。
会いたい。彼らにまた、会いたい。
「死のう‥‥‥」
こっち側には、もう彼らはいないのだから。
エバはこめかみに拳銃を当てた。

*『事件の渦中に会った、ゴードン大統領のインタビューです‥‥‥』

「!?」
エバの目はテレビに映った男に釘付けになった。
いつか見た、あの男。
ゾッとするような寒気を感じた、あの男、ゴードン大統領。

あの男は笑みを浮かべている。作り笑いだと、エバはなんとなく思った。
テレビ用の笑みだと思った。
そしてあの男は、悠然と声を発している。
『私の為に尽力してくださった皆さんに感謝しています』
『災難のさなかにあっても、私は絶望しなかった。
 大統領としてだけではなく、1人の男として、少女を守らなければならないという
 使命があったからね』
『今日という日ほど、"正義"の意味を感じた日はなかった』


エバの全身に、あの日感じたおぞましいまでの寒気が甦った。
いや、あの日のものをはるかに上回るそれが全身を駆け巡り、彼女は震えた。


『彼らは破壊と殺戮をもたらしたが、それが招いた結果は皆さんも知っての通り』
『複数の凶器を持った男に囲まれ、最初はどうしようもなかったが、
 仲間割れを起こしたのが功を奏した』
『彼らは勝手に殺し合いを始めた。理由はよくわからないが』


寒気は殺気へと変わり、全身からふつふつと噴き出す。
あの男は何を言っているんだ?
今まで私達に何をしてきたかわかっているのか?
いや、そんな事より‥‥‥
仲間割れ?アルやマッジオたちが殺し合いなんてするわけないだろ。
アルたちが死んだのは‥‥‥

『所詮は己の弱さを攻撃に変えただけの連中。
 ガイアはそんなテロリストたちには決して屈したりはしません』

(わかっている。あたしにはわかる‥‥‥)
かつて死線を潜り抜ける日常を送っていたエバの直感が言っていた。
直感というよりも、むしろ確信だった。脳幹の奥で憎悪と殺気が煮えくり返る。
エバはテレビに映っている「怪物」から目が離せなかった。
(アルは、マッジオは、バンハイは‥‥‥)



こ い つ に こ ろ さ れ た 



「ウオオオオオオォォォアアアアアァァァァァァーーーーーッッッ!!!!!」
"怪物"に向け、拳銃を撃った。
ブラウン管が割れ、画面が写らなくなっても撃ち続けた。何発も。何発も。
やがて弾丸を撃ちつくすと、拳銃自体をテレビの残骸に力任せに投げつけた。
「‥‥‥殺してやる‥‥殺してやる‥‥‥ゴー‥‥‥ドン‥‥‥!」
とめどなく流れる涙も、憎悪の炎を消すことはできなかった。


エバは旅支度を整えた。
とはいうものの、黒シャツに迷彩ズボンの軽装に手荷物をまとめただけだったが。
薄い茶色のサングラスをかける。
そして、掃除をすませた家の中を眺めた。
窓から差す陽光が、室内を優しく照らす。
エバが初めて来た、あの日のように。
アルバンスとイリア、家族3人が写った写真をロケットに収め、首からぶら下げる。
「悪いね‥‥‥たぶんもう二度と戻ってこないよ‥‥‥」
思い出のこもる家を後にした。
エバ・ガーフィールド32歳 春の事だった。


再び"戦士"に戻り、エバは行く。


 


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