父の肖像


高く青い空にはえる、ひまわりが三本。
「ちくそー・・」
「いい加減に歩きたいい・・・」
「一応、ロボットなんだぞ。」
などと好き勝手な事をぼやきまくっているひまわり三本。
その前を、トラックが一台通り過ぎた。
荷台に見えたのは、シートに隠された巨大な砲塔。
「・・・・今の見たか?」
「見てないよ・・・・っくそ。」
「ああああああ、肥料がほしい・・・」

応接室に通されたプロトは、ぶつぶつと自己暗示をしていた。
自分はジョーン・ガルベット。
国連平和維持軍特殊機動員。ジョーン・ガルベット。
休暇で久々に親父に会いに来た。
ここではあの話をする気は毛頭ない。
自分はジョーン・・・・
ばたんっ!というドアの開く音。
そこにいいたのは白髪の質実剛健といった感じの老男。
「・・・・・・・おひさ。」
と、言ったジョーンの顔を穴が開きそうなぐらいに直視している。
男は、ジョーンの顔をまじまじと見た。
やる気のなさそうな大きな眼、ボサボサの母ゆずりの茶髪。
だらしないスーツ姿。・・・・・間違いない。
「ジョーン・・・・!」
思いっきり、じつの息子の顔をひっぱたいた。
その後、大声で老兵は言った。
「心配ばかりかけおって!この放蕩息子が!突然、退学と聞いたときには
 真横に砲弾が落ちた思いだったぞ!」
厳しい言葉だったが、妙に照れているような口調だった。
ほほをさすりながらジョーンは抑揚のない声で、
「わりい。忙しくてさ。お袋の墓にも行ってない。」
「・・・・・ふ。ふふふ・・・ふははははは!」
老兵、バーナード・ガルベットは、年を感じさせない低い声で
高らかに笑った。
「言うに事欠いて、忙しい。か!
 無気力なお前がそういうんだから相当だな。いや・・・しかし・・」
にっこり笑って、
「随分と大きくなったな、ジョーン!親父は嬉しいぞ!」

「古風なお父さんですね。けど良さそうな人じゃないですか。」
「彼は嫌っているようですがね。さて、ひまわり人間たちの
 無断欠勤の罰はあれにしておきましょう。と、いうわけで、
 助けなくてもけっこうです。」
「いや、私は高みの見物を決め込ませてもらいますよ。
 彼とお父さんの続きも聞きたいし。」
「・・・・・牛丼、ほしくありません?」
「いいですね、アルは紅しょうがを山ほど載せるんですよ。
 私は少ないほうが・・・・・」
「どぞ。」
「・・・・・・いただきます、さすがに用意がはやい。」
「全自動製造機持ってますからね。どちらかというと、
 作った、ですが。」

プロト、いや、ジョーンと父の会話は、何の変哲も、あった。
どこの世界にこんな親子がいるのだろうか。
いや、現にここにいいるのだが。
「イラクでのドンパチじゃ国連は出なかったから、
 うずうずしたろう。」
「あ・・うん。突撃機動員なんてのもやってるし、実戦になると
 大変だけど、やっぱ暇だったわ。」
などとの話が進んでいく。
「・・・・・・・・・親父。」
「なんだ?」
「お袋のあれ、まだ持ってるか?」
バーナードの唇が固く結ばれた。そのまま、だらりと頷く。
「・・・・・・・・・・・・・そっか。」
ジョーンがまだ十いくつの頃だった。
A国で内戦が勃発して、英軍が政府側の支援に出兵した頃、
母親がガンに犯された。
その後、前線で指揮をとっていた父は帰ってきたが、
病院のベッドの上から、母は帰ってこなかった。
母が危篤になったときはじめてジョーンは自分の力で父に電報を送った。が、父が帰ってきたのは一ヶ月後。
内戦が終わって後始末が終わったときだった。
ジョーンにとって父親は仕事仕事の人だった。
訓練や実戦にいつも出かけて、家庭を顧みることはなかった。
父の顔をジョーンは五歳までに憶えられなかった。
いなかったからだ。
その父が、親しげに自分と語っている。
なんとも鼻持ちならなかった。
「ジョーン。」
「え?」
突然、現実に引き戻されて、ジョーンは我に返った。
「お前、今の自分をなんだと思う。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・オレ?」
「そうだ。」
ジョーンは、一瞬だけプロトに戻って、自分のことを考えた。
「阿呆だ。」
「阿呆か?」
「そう、阿呆だなあ。それ以外思いつかねえや。」
「なら、お前は立派だ。」
「は?」
あまりにも意外な一言に、ジョーンは首をかしげた。
「自分が阿呆だとわかっているのはすごいことだぞ。
 私は、母さんが死ぬまでわからなかった。」
「・・・・・・・・」
この人はこの人なりに、考えてるんだ。
そうなのか。そりゃそうだな、人間だもんな。
「・・・かっこ、つけてるな?」
「憎まれ口は昔と変わっていないな、ジョーン。」
なんとも奇妙な親子の会話は続いた。

トラックに積み込まれた、砲塔の下に、異形の機械があった。
三本足で、極端に猫背な人間のような形をしており、
頭部と思われる部分には、センサーとカメラアイがついていた。
よくみると、砲塔はこいつの背中についている。
「もうすぐ、情報の場所だ。」
「・・・・・・へへ、あの女よりもすごい事が証明できるのか。
 うずうずするぜ。」
「無駄な事言ってんじゃないよ。
 ターゲットが一人だからって油断してちゃ困るからね。」
「アイサー。」
トラックから、見るからに怪しげな集団の話し声が聞こえた。
トラックは、一直線に、今、プロトがいる軍事基地を目指していた。


 


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