8×8の勝負


アイスランド・レイキャビク、ヨーロッパで二番目に大きいとされている島、『氷と火』の島と呼ばれている。
寒いことでも有名だが、火山活動が活発なことでも有名なのだ。そこにある会社で男がノートパソコンを操作していた。
会社の業務をしているのかと想えば、実際の所、この会社はダミー会社で活動なんてしていない。
サラリーマン風の男でスーツをしっかりと着ていて、眼鏡をかけていた。
会社となっているビルは夜逃げをしていったビルのようで、あるのは透明なテーブルとソファーぐらいだ。

「マスター、またチェスですかぁ?このところ毎日ですねぇ〜」

入ってきたのは黒い髪の毛をした黒のワンピースを着ていて眼鏡をかけている少女だ。マスターと呼ばれた男は
無言で操作をしていた。少し機嫌を悪そうにしながら、入れてきたコーヒーをテーブルの上に置いた。

「良い勝負でもしてるんじゃないか。引き分けてばかりの奴とか」

「いや、今は違うな」

ようやく喋った。部屋にはもう一人、軽そうに見える青年が入ってきた。コーヒーが置かれていることに気がつくと
コーヒーを飲んでいた。パソコンの画面を見ると、チェスの対戦が行われていた。

「どっちが優勢なんだ?」

「五分五分だが、これからの駒の動かし方で勝敗が決まるだろう」

油断は出来ない、と言った調子でディヴァインはコーヒーを飲みながら、なおかつ、パソコンの画面から目を離さずに言う。

「そんなに楽しいんですか」

「あるチェスの優勝者が言うには八×八の小さな盤上の上には人間の知恵をはかる全てがあると言われている」

「大袈裟だな。そんなの」

「そう言ったものでもないぞ。ヘルレイオス、現にこの相手はなかなかの策士だ。だが、私の方が上だ」

そう言って前の勝負は引き分けじゃなかったのか、とヘルレイオスは心の中で想ったが黙っておいた。相手の心を読んだり
操ったりすることは出来るが、ディヴァインは出来ない。それが幸いした。

「動きましたよ」

コーヒーを持ってきた少女、アーリィが画面を指さした。黒い駒が動いた。ルークが動き、白のナイトを取った。
それを予想していたらしく、ディヴァインは苦い顔すら見せず、ビショップを動かした。

「次に相手はクイーンを動かしてくるだろうが、私がルークを動かせばいい、三手ほどでチェックで、二十手もあれば
チェックメイトだろう」

ディヴァインの脳内ではチェスの流れがシミュレートされているのだろう。

「ここだと上位に入るんじゃないのか、強さは」

「勝てない相手…というか勝敗が決まっていない相手が居るからな。解らん」

「実際の勝負だったら心でも読めば勝てそうなんだが」

「そう甘くないぞ」

借りに心が読めたとしても、別の手を考えればいいだろうし、対抗策が出来ていなければ例え相手がどう動くのか
解ったとしても何の意味もない。相手がまだ駒を動かしていないのを見て、コーヒーをもう一杯飲もうかとしていたときに
メールの着信音がした。見てみると、知らない相手からだ。

「誰ですかぁ?」

テキストメールで送られてきていた。そのメールを見てみると、細かい字で沢山のことが書いてあった。
アーリィとヘルレイオスも画面を覗き込む。書かれていたのはアルファベットで、日本語で書かれていた。

「……馬鹿丁寧な文章だな……どうするんだ?」

ヘルレイオスの言ったことはもっともだ。
解読してみると、ご丁寧に敬語で書かれていて、内容を要約すると、それはチェス勝負をして勝負がつかない
相手からのもので、是非ともオフライン……現実でやってみたい、もしも良かったら闘ってくれないかなどと書かれていた。
丁寧さの度合いは相当なもので、ここまで丁寧にする必要はないんじゃないかとか、裏があるんじゃないかとか
勘ぐられてもしょうがないぐらいに丁寧すぎた。細工物に例えるなら三年ぐらいかけていると想ってくれても良い。

「地図も添付されているからな」

「行くんですか?」

「そうだな……私も決着をつけたいと想っていたし」

その時のディヴァインの表情は、昔年の相手にようやく勝負が出来ると言った風だ。

「何かあっても何とかなるだろう」

僅かに一歩引いて、ヘルレイオスは言う。確かに何かあったとしても、彼なら……いや、この部屋にいる三人は
何とかすることが出来た。その気になればレイキャビクを一日で壊滅させることだって出来る。
彼等は、彼等を知るものならば、こう呼ばれていた。人類に終焉をもたらせるために活動をしている組織、
すべての煩悩を無くし、高い悟りの境地に達して死ぬこと。と言う意味を持つ、涅槃……ニルヴァーナ、と。
こうして、個人的に勝負をすることになったディヴァインだが、今やっている勝負を忘れかけていた。

「マスター……マスターが言っていたのと駒の動かし方が違ってるですぅ」

アーリィの言葉にチェスの勝負に戻ったディヴァイン、画面を見てみると確かに相手はクイーンを動かすのではなく
ポーンを動かして、プロモーションを行い、クイーンになった。プロモーションとは自分の駒を適地の端まで
やることで、将棋で言う成金だ。適地のハシまで動かすことにより、ポーンはクイーン、ルーク、ビショップ、ナイトの何れかに
なることができた。これは適地の端まで行けば必ずやらなくてはならない。
予想外の動きにディヴァインの手が止まった。

「……俺は数日後のライブのために帰る……じゃあな」

「頑張ってくださいねぇ〜ヘルレイオスさん……マスター、何だか顔が引きつってますよぉ?」

何かを感じ取ったのかヘルレイオスは避難するように部屋を出て行く。アーリィがディヴァインの顔を覗き込んだ。
これ以上にないほど、ディヴァインの顔は不快感に満ちていた。


「まあ、こう来るとは相手も思っていなかったでしょうね」

「……君、本当に変わったね……」


 


第3話に続く
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