8×8の勝負
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| インターネットというのは世界中何処にいても距離を縮めることが出来た。チェスの勝負が、白熱していたとき 一人は本部にいて、一人はアイスランドにいた。そしてもう一人はそこからかなり離れた場所にいた。 カナダ、首都オタワ、地域により六つの時差があり、自然溢れる国だ。税金が高いのだが物価が安く、有名なのは メイプルシロップなどだろう。四季折々の魅力が溢れている場所だ。そこは公園だった。 広々としていて、子供達が遊んでいたり、鳩が飛んでいたりしていた。 そこにベンチに座りぼんやりと座っている青年が居た。奇妙なことに、青年が座っているベンチから、 きっかり数メートルには何も居ない。人間も動物も鳥も寄ってこないのだ。それこそ、そこにあるのにそこにはないように。 半円形のミラーグラスのせいで素顔を見ることが出来ない。服装は黒いズボンに対照的に真っ白な洗濯したてのような シャツに襟元はループタイでしめてあり皮手袋の裏には魔法円が刺繍してある。そして何よりも印象に残るのは、 額の左目の上あたりに鍵穴が開いていることだ。 傍らにはノートパソコンが置いてある。つい先ほどノートパソコンは休みを与えられていた。 「機嫌が良いな」 無垢な鳥ですら入ってこられないような数メートルの空間に入ってきたのは、アラブ系の顔立ちをした男だ。 ターバンを巻いていて、黒のスーツを武器のようにして着こなし、身体はやせている。 右目には眼帯をしていた。黒ずくめと言っても良いのだが、ネクタイと胸ポケットを飾る薔薇の花のみが紅い。 機嫌が良いというのを読みとるのは難しいのだが、彼にとっては簡単なことのようだった。 「面白いチェスの勝負が出来そうだ」 そこに居る二人を借りに『ホーリーナイツ』の人間やFBIなどが見れば、すぐさま何かをしようとするだろう。 捕まえなければならないと行動に移すはずだ。公園にいたのは理想世界を造るための『世界革命』を掲げる秘密結社、 暦の上級幹部『十二人委員会』が二人も居たのだ。一人は二月の「妖術師」アルシャンク、もう一人は七月の「炎を運ぶ」レシェフ。 アルシャンクが最近チェスに凝っているのはレシェフも知っていた。 「勝つつもりのようだな」 「いい加減に続いているから、終わらせたいものだ。場所も用意した。楽しい勝負が出来そうだ」 「チェスばかりしているようだ」 「人間というのはルール通りに行われるチェスというよりむしろ宝くじを思い起こさせるがね、ルール通りに行くチェスも 違ったおもしろさがある。枷をはめながらどうやって相手を倒すことが出来るのか、と」 ルールというのを愉しんでいるかのようにアルシャンクは笑う。ぞっとするような笑みだ。 ただでさえ低いカナダの温度を余計に下げているような風だ。 「エルサレム消滅作戦が『ホーリーナイツ』に止められて以降、少し面倒になってきた、一部機嫌を損ねているが」 「好きにさせておけばいい。奴等など、これからまたやる狂ったお茶会(マッド・ティ・パーティ)にでも招待すれば 和むことすら忘れるおぞましい茶会にな」 エルサレム消滅作戦……この二人と一月である「白髪の」ブランキが共同で行った作戦で、エルサレムに隕石を落とすことで 消滅させようとしたのだが『ホーリーナイツ』に阻止された。この時に多大なる被害が出た。 作戦は止めることが出来たが、怪我人が続出して、未だに後の処理に追われているところもある。 「それよりも先に目先の勝負か」 狂ったお茶会を今はする気がないらしい。今は、だ。確かチェスをしていて一度も勝負がつかない相手が居るらしい。 「招待状を向こうが受け取ってくれた。返事も来るだろう。白と黒の世界で、どちらが生き残るのか。仮想現実ではない 現実での勝負だ」 ネットでチェスをするのではなく。現実でチェスを行うらしい。ネットで行うチェスも良いが、現実でチェスを 行う場合は相手の顔色をうかがい知ることが出来る。勝負の雰囲気というのも現実でやった方が余計に濃い。 「……どちらが生き残ると?」 問いかけてみた。チェスの勝負に関しては誰とやるのかは解らないのだが、面白そうにしている辺り、よっぽどの 相手だろう。アルシャンクのチェスの腕前は知っていた。やる気になればクイーンやナイトを落としても、 王の首ぐらいは取れるのだ。盛大な羽音をたてて、鳩が飛び去っていった。人の声が止まったような雰囲気だ。 時間が止まっているようなと表現した方があっていた。 「どちらが勝っても、後に残るのは単色の世界だ」 妖術師は眼が覚めるような声で言う。 それから少しして、カナダの大使館が爆発に見舞われることになる。爆発というのはほんの一例で奇妙と言えば奇妙だった。 爆発で片が付いたところはまだ良かったのだが、爆発では表現出来ない不可解な破壊などがされていた。 それから数日が過ぎ、少しは騒動が沈静化してきた頃、舞台はイギリス・バーミンガムに移る。 静かに一つの勝負が始まろうとしていた。戦いというのをシンプルにして、血を流さないようにした戦いが。 小さな世界での一つの戦争が始まろうとしていた。 |
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