8×8の勝負


黒色のウィンドブレーカーの少年は伸びをした。飛行機に乗ってきてようやく着いたのだ。休み兼仕事のようなものだ。
このところ休みなんて取れなかった。バーミンガムの町中を歩きながら、ゆっくりとした気持ちを味わっている。

「良いね……イギリス。アイツの故郷みたいだけれど」

「久しぶりに帰ってきたと、はしゃいでいましたから」

口調は変わっていないのだが、髪の毛をまとめている一本の腰まである長い三つ編みが少しぼさぼさになっていた。
このところ忙しく、まともに眠っていないらしい。飛行機の中では完全に熟睡していた。回りを見ると
二人と同じ年頃の学生が歩いていた。自分たちはと言うと学校にもろくに行かずに闘っていたりしている。
欠伸をかみ殺している彼女だって十七才なのに、肌荒れが起きそうなぐらいに寝ていなかった。

「アイン、大丈夫?君はこのところベットで寝てないんだろう?」

「……平気ですよ……飛行機の中で寝ましたから」

「アイツの運転だったから、よく寝られたと想うけど……何か落ちたよ」

ゼクスが何かの紙切れを拾い上げた。それを見て、少しの間手を止める。ライブチケットだった。
これに行きたかったのかと意外そうにゼクスは想いながら表情を出すことはなく渡す。
少し照れたような表情を見せて受け取る。

「……行こうと思って」

「行ってらっしゃいと見送るよ。僕は」

ゼクスの知る限りではアインは何でも聞くというタイプだ。任務で学校に通うことになってからは、
話題をあわせたりするために色々と聞いたらしい。分かれ道へと来た。

「何かあったら連絡します」

「うぃ、後は片付けておくよ」

鞄を肩に担ぎ直すと、アインは別の道を歩いていく。ゼクスはそれを見送ると、瞬時に振り返り何かを振った。
目に見えないほどの早さで振られた『それ』は男の持っている拳銃を真っ二つにした。握られていたのは
極薄の刃を持ったゼクスの身長よりも高い折りたたみ式の大鎌だ。相手をゼクスは数えていた。

「何処かな?ま、僕の敵じゃないけど」

大鎌『ザミエル』を構えながら一歩、右足を引いた。大鎌を軽く下げると、カツン、と銃弾が当たる。
うっすらと微笑するが十五才の少年が見せる笑みに黒のウインドブレーカーと赤と金のオッドアイと大鎌を
引いた笑みだった。
別れたアインは振り向くことはなく、歩いていた。大通りに出ると、人混みの中へと出た。
まだ時間があるので何をしていようかと、思考していた。寝ていようともしたが、寝過ごすかも知れない。
人混みの中にいると妙な気分になる。タイル張りの地面を見ていると、このところしているチェスをしているせいか
回りがチェス盤のようにも見えた。或いは、生きていること自体がチェスのようなものなのか……。
少し、眩暈がした。
寝ていなかったのかも知れない。前にいる人にぶつかった。

「……すみま…」

謝罪をしようとしたアインだったが、その声が止まる。彼女がきょとん、としているのは珍しいことだった。


「はい。終わりっと」

最後の一人を大鎌の背で殴りつけて、ゼクスは大鎌を肩に担ぎなおした。当て身程度で終わっているのだが全員倒した。
高速で大鎌を振るい、相手が銃を撃ってきたとしても銃弾を大鎌で真っ二つにするので当たらない。
放っておくことにしてその場を去る。気の向くままに歩くことにして、大鎌を畳んだ。ウィンドブレーカーに仕舞う。
職業柄、襲われることは日常茶飯事で、こうやって撃退するのは害虫を撃退するのと同じ感覚となっていた。
アインとは反対方向に歩いていると彼の金色と赤色の瞳が何かを捕らえた。
そこには随分と古びた屋敷があり、街と隔絶しているような気がした。好奇心に駆られていこうとした。
一歩踏み出したとき、空気が変わった。折りたたんだ大鎌をまた元の大鎌に戻した。

「……本気?」

ゼクスの呟いた声は十五才の少年の物だった。


大鎌を振るう少年と三つ編みの少女が空港に着いたばかりの頃、プリントアウトした地図を持ち、住所を確認していた
男が居た。サラリーマンと言っても過言ではない。プリントアウトした地図が指し示していたのは確かにあの場所だった。
古びた屋敷で、年季が入っている。メールに添付された地図は確かにここを指していた。
ドアに手をかける。鍵はかかっていないようだった。

ゆっくりと、ドアを開ける。ドアには重さがないように簡単に開いた。


 


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