8×8の勝負


屋敷というのは使われていなかったらしく、歩いてみるとホコリが着いていた。何処かの金持ちの別荘か何かだったのか
豪華そうだった。逆にこんなに豪華だと、不気味でもあった。誰もいないのにシャンデリアだけが輝いていたりしていたからだ。
ホラーゲームで屋敷を舞台にしたものがあった気がする。仲間が次々と死んでいく中で、化け物が出てきたりしていた。

「あるいはそうなのかもしれないな……」

ディヴァインは唇の端をゆがめた。見ると、階段の手すりの所にカードと紙切れが着いていた。着いていたのは、屋敷の見取り図で
印が着いてあるところがあった。そこは書庫らしい。書庫に来いと行っているようだった。階段の上にある。左から二番目の
部屋のようだった。カードに書かれていた文字を見ると、英語でこう書かれていた。

"Hush-a-by lady, in Alice's lap! Till the feast's ready, we've time for a nap; 
When the feast's over, we'll go to the ballー Red Queen, and White Queen, and Alice, and all!"  

『ねんねんころりよ、アリスのひざで! ごちそうの用意ができるまで、ちょっとひと眠り。
ごちそう済んだら、今度は舞踏会 赤の女王、白の女王、アリスもみんな!』

「鏡の国のアリスか……」

知識としては知っているらしい。ルイス・キャロルの書いたアリスシリーズの『鏡の国のアリス』鏡の向こうには
巨大なチェスゲームがあったという。少しすると鍵の開く音がした。ディヴァインは階段を上っていった。
今回はアーリィを連れてこなかったのだが、その気になればここから某国の白い家さえも人工衛星で射撃することが出来る。
書庫の前の扉に着くと、ドアのノブを回した。ゆっくりとドアを開ける。

開いたそこは、本の森だった。

本棚があり、そこに上からぎっしりと本が入れられていた。僅かな明かりが見えた。明かりのする方向へと行くと
そこは異様に薄暗い。明かりはどうやらカンテラの光のようだ。
用意されていたのはアンティーク製のテーブルと椅子で、どうやらセットで作られたもののようだ。
椅子の一方に誰かが座っていた。
座っていたのは、緑色の髪をしたミラーグラスをかけている額に鍵穴のある男だった。
気付かないように本に没頭している。本のタイトルは解らない。やがて、座っている男はディヴァインに気付いた。
本を閉じると、微笑む。

「ようこそ。小さな世界へ」

”妖術師”アルシャンクは言った。

「……お前だったのか?」

「電脳世界は顔が見えないからな、サテライト・テイマーだったか」

「調べておけば良かったよ」

興味がなさそうにアルシャンクは言った。ディヴァインとしては例えるならRPGのラスボスが主人公の近しい人だったとか
それに似たような驚きだ。”妖術師”アルシャンクと言えば、人々が日常を過ごしている世界を表と言い、
反対側を裏というのならば、裏世界を知っている者ならば大抵は知っていた。
政府武力組織『ホーリーナイツ』のブラックリストの上位に入っていると言えば、どれだけ恐ろしいのかが解るだろう。
大してディヴァインもサテライト・テイマーと呼ばれているが、妖術師には適わないような気がした。
人工衛星を落下させようが、何をしようが、妖術師が笑ってそれを蹂躙しそうだからだ。
ディヴァインは調べておけば良かったと言っているが、あそこを管理しているのは一人の少女で、機密などは
しっかりと守られている。

「だが、今はチェスの勝負だ。全ては現実ではなく、ここで決まる」

ディヴァインとしてもチェスの蹴りはつけておきたかったので、チェスに集中をすることにした。
借りに攻撃をしたとしても、勝てるかどうか何て解らなかったのだ。ディヴァインは椅子に座った。

「薄暗い部屋だな」

「そうか」

本をテーブルサイドに置くと、きれていたと想われていた蛍光灯が点いた。それと同時にカンテラの明かりが消えた。
チェス盤には、静かに駒たちが佇んでいる。チェス駒もふるそうなものだ。

「……先行は?」

「そっちで良い」

どっちみち先行をディヴァインに譲るつもりだったのだろう、アルシャンクは黒の方に座っていた。チェスは白が先行だからだ。
動かされていない。まだ始まっても居ない勝負、最初の手を考える。最初が肝心なのだ。
小型のテーブルにはタイマーが用意されていた。これもアンティークで、時間制限があるらしい。
十秒ほど考えて、最初の白のポーンをディヴァインは動かした。
そこから、アルシャンクが考えて、黒のポーンを動かす。最初はポーンぐらいしか動かない。他の駒を動かそうにも
ポーンが動かなければ騎士も塔も動く事なんて出来ないのだから。
相手の手を予測して、動かしていく。流れはどちらに向いているのか、それはまだ、解らない。
ディヴァインはチェスが始まる前にノートパソコンのスイッチを入れていたので、ノートパソコンをしながらチェスをしている。
それに対してアルシャンクは本を読んでいた。何かの全集のようだ。
チェスの駒が動く音がするたびに、手を打つ。時計は自動的に勝負を見ているかのようだ。

静かだった。

とても、静かだ。

息が詰まりそうなぐらいに静かで、動いているのはそこだけのような。


やがて、白の駒が黒の駒を一つ取った。取られた駒はポーンだった。兵隊が一人消えた。

「どんなに損害を出そうとも、最後に王を取ればいいか」

チェスは将棋と違って、駒をリサイクルすることは出来ない。取られてしまえばもう使えない。
お互いに、引き分けにする気はないだろうから、どちらかが勝つだろう。勝つつもりだ。

「消えていく兵隊や塔や騎士、死んでいく中でそれでも王を取るために」

黒のチェス駒が動いて、白のポーンが喰われた。


 


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