8×8の勝負


オッドアイを閉じて開いてみるが、目の前の状況は何も変わっては居なかった。それどころか、確実に悪化していた。
脅威が近付いてきていた。ゼクスは十五才ながら、数々の戦場をくぐってきたのだが、これはワケが違っていた。
映画の撮影と言えばそうなのかも知れないが、そうではないと肌が言っている。
向こうの方から走ってくるのは人間だ。多分人間だ。それこそ、朝日に向かって走れと言わないばかりに走っていた。
ぼさぼさの髪にバンダナを巻いた紺のジーンズにスニーカーと紺のシャツに灰色のベストの青年だ。
そっちは別に良いかも知れないが、問題は青年を追いかけているモノだ。

「ぐれーとおーるどわん?」

夢なら覚めてくれと本気でゼクスは想った。
人間を相手にしたことはある。人間が作り出したモノを相手にしたことだってある。
青年を追いかけているそれはあるアウトドア好きの愛読書で読んだことがあるのとそっくりだった。
およそ二メートル五十センチの身長、何ていうかこれを見ていたら、生きては帰れないとか言われている。
精神発狂してもおかしくないかも知れない。タコとかウミユリとかを足して地球の生物では到底出来ないような
組み合わせをして出来たようなそれ、ユルグルは確かにゼクスの方へと来ていた。

「そ、そこの少年!」

『逃げてばかり居ないで闘うぞ』

「こんなのと闘ったら死ぬってば」

「……僕が何かした?」

魔王の名を持つ大鎌を握りながら、ゼクスは呟いていた。距離が数十メートルと近くなっていた。
恐怖よりも何よりも、自棄に近い感情がある。

「何だか両方ともやばいような気がするんですけど」

青年、角田シゲルの後ろには得体の知れない生き物が、前には大鎌を構えている少年が、どちらにしても危なかった。
どうしてこんな事になってしまったのかと自答すれば原因で思い浮かぶのが、あることが原因で自動販売機に
攻撃を加えてジュースを大量に出してしまったせいかもしれない。

「……眼に見えるなら、神様だって斬ってみせる……」

大鎌を構えるとゼクスは振るった。十字架に切り裂いた。それから後のことは少しのタイムラグがあった。

「た、助かったのか……?」

「とりあえず危なかったんじゃない。お互い。ところで誰?」

鎌を見ていると良く解らない粘液が着いていて、不快そうに顔をゆがめていた。斬ったのは単に彼の能力である
物質透過を応用したに過ぎない。どんなに堅い装甲でもこれを使うことによりすり抜けて斬ることが出来る。

『全く、運が良かったから助かったが』

「そんなこと言われてもね。十人中八人は逃げると想うよ」

「……なんか変わったに会う日かな?……ひとまずこれで……」

「いや、そうでもないみたいで……」

当初の目的は何だったかな……とゼクスは考えようとしたが、背後に気配を感じてみると斬ったはずのユルグルが居た。
倒れないことは察しがついていた。グレートオールドワンなんて言うものを一刀両断出来るほど人間離れはしていないが
この日、ゼクス・エスメンスは完全に何かが切れた。

「お前はレン高原にでも帰ってろ!」

魔弾を与えた悪魔の名でもあり、台風の天使の名前でもある名を付けた大鎌をゼクスは想いっきり振りかざした。
ストレスを解消するかのようにユルグルを斬っていく。相手がグレートオールドワンで旧支配者だろうが
彼には適わない。何せ目の前の敵をレン高原に帰すことしか考えていないのだから。

「もしかして化け物というのはこの世にいくらでもいるのでしょうか。それとも単に僕が逢いやすいだけなのでしょうか。
それとも地球上に生物が大量にいるので化け物が居てもおかしくないのか。グレートオールドワンって何ですか…」

目の前の光景を見ながらぶつぶつと何かを呟いているシゲル。回りの声が聞こえていないようだった。

『戻ってこんか、貴様!!』

スパーン、と軽快にハリセンの音がした。叩いた相手というのは居ない。見えないと言うべきだろうか。

「……はー、はー、……帰ったな。レン高原に帰ったな。イアン=ホーかドリームランドでも良いから……」

肩で息をしているゼクスは大鎌をゴン、と地面に叩きつけると、ようやくシゲルの方を向いた。
ユルグルは居ない。ゼクスはひたすら斬っていただけだしシゲルは見ていられなかったので見なかった。

「何か凄かったけれど」

「今日は何が来ても怖くない。ルルイエが蘇ろうが彼方のものがこっちにやってこようが……」

最近仕事ばかりだったせいか、ゼクスの言動は疲れと自棄とその他色々の成分を足したものだった。


 


第7話に続く
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