8×8の勝負
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| たまにいるのだ。 自分の心を完全に覆い隠せるという人間が、心というものに壁を作ってその中に心を全部入れてしまっているような、 例えるなら、長い年月自分の心を閉ざし続けてきた人間、彼女は正にそうだった。 閉ざされていると言っても、朧気だがどういう風なのかは解る。 コンピューターのように思考が別れていた。事務的なものばかりが転がっていて、つまらない。 機械の形をした人間と言っても良いかも知れないぐらいに、冷めていて、褪めていた。 読んでしまって後悔した。目の前にいる少女は少しぐらい動揺はしたものの見えている世界が色とりどりでもなく 白黒でもなく、灰色一色のような感じだ。 「全く、調子が狂う」 人の心を読んだり、操ったり、壊したり出来る青年は愚痴のようにして言う。 会話がかみ合っていなかった。少なくとも、少女が言った言葉とは繋がらない。 そこに悲鳴に近い歓声が聞こえた。それが自分に向けられていると言うことに気がついた。耳をふさぎたくなる。 どうやら、少女とぶつかってしまったときにかけていたサングラスが取れたようだ。 「逃げないんですか?」 「お前のせいだろうが……」 一瞬見えた表情は消えていた。もしかして彼女?とか、サインでも貰わなくっちゃなど様々な声が聞こえた。 別の場所で大鎌を振るっているウィンドブレーカーの少年と同じ名前をしたバンドのボーカル兼ギターである ヘルレイオスは狼狽している。 狼狽したくもなった。いつの間にか回りにはファンが囲んでいたからだ。 「すみません。ぶつかったので」 「謝るならこの状況を何とかしろ」 何とか出来るようには見えなかったがそう言うと、少女は回りを紫色の瞳で見つめると、何かを考えていた。 それがコンピューターのような分析の方法だ。ファンの波が来たので、ヘルレイオスは逃げた。 掴まると何が起きるかぐらいは想像がつく。少女も逃げることにした。やがて、右手を軽く下へと垂らした。 細すぎる光が煌めいた。 追いかけようとしたファンは何かに足を取られて、ある者は転び、ある者は別のファンにぶつかった。 もしもこの状況を上から見ているものがいれば、余りにも奇妙な崩れ方をしたと思うだろう。 人が将棋倒しにぶつかったわけでもないのに全員の動きが封じられていた。計算され尽くしたドミノ倒しを思い浮かばせる。 それが完了すると、細い糸状の光が、少女の腕輪に吸い込まれていく。 ――――――計算完了―――――足留め―――――完了しました―――――― 少女……アイン・ファルトも足を止めた。 「……ふぅ……」 どうしてイギリスに来てまでこういう苦労をしなくてはならないのかと自答するが、今までの積み重ねであるのだから 仕方がない。頭を数回振り、思考を切り替えるようにした。 「おい」 「……はい?」 間の抜けた声を出してしまった。振り向くと、想わず一歩引いてしまう。 背後を取られたのは随分と久しぶりだ。彼女が所属している番隊のメンバーは背後を取るぐらいは簡単なのだけれど 前にある人物が背後を取ったら酷く驚いたためにやることはなくなったのだ。 (掴めない奴だな……) 冷静そうに見えても、何処かずれているような、読んではみたものの、コンピューターの二進法のような思考になっているが。 動揺はしているようだ。それは解った。 「……何か……用ですか?」 感情を押し殺した声で問い返す。 同年代の人間が真似をしても出来ないぐらいに見事だ。まあ、彼にとってはそんなこと余り関係ないのだけれど。 警戒をしているのも無理はない。背後を取ったのも理由にはいるのだが、目の前にいるのが 先ほどぶつかったヘルレイオスだったのだから。 「見事に倒したと想ったんだが」 「これぐらいは出来ますから」 「面白い奴だ」 「……そう……ですか?」 表情に怪訝そうなと言うか、そう言われて欲しくなさそうな狼狽らしいものが浮かんだ。 サングラスをかけなおしているようだ。サングラスだけでも、人間の眼というものはごまかせるらしい。 「俺はそう想ったんだが」 「……変わった奴とは言われますが、面白いと言われたのは……」 首を傾げている三つ編みの少女を見て、ヘルレイオスは笑った。 「やっぱり、お前って面白い奴だよ」 照れているような表情になっていた。こういった表情も出せるものなのだと、何故だかヘルレイオスは感心してしまった。 「……今日はライブがあると聞きましたが」 確かそうだ。飛行機内の雑誌で見たりしていたのだが、今日はバンドのライブがあった。二日続きでライブがある。 アインも行く予定だったのだが二日目になった。予定などを調整したのだ。 「少し休みだよ。バーミンガム見物だ」 「見物ですか……悪いことをしましたね……」 「こういうのもまた、楽しいから別に良いんだが」 こうして会話をしている割には、敵組織通しだったりするのだが、そう言うことは解っていなかった。 アイン自身は心を隠すのが上手になっていたし、ヘルレイオスの心を読むことは出来るのだが、それには両腕の金色の腕輪に 入っている『マリオネツテン・シュピラー』を相手の神経に接続しなくてはならないし、それをすることはない。 少し、考えにふけった。 (人の心は必ずしも綺麗じゃありませんからね……) ふと考えて、両腕の金色の腕輪に触れた。 これで相手の情報を奪い取ることもあるし、読心術のようなことも出来るのだが、完全に読みとれるわけではなく、 仮に読みとったとしても、良いことを考えているわけではないのだ。 前に情報を奪い取ろうとした時に、気持ち悪いことを読んでしまってしばらくは治らなかったことがあった。 意図的に調整は出来るのだが、前にデーターで見たことがあるテレパシスト何かは自分以上に辛いだろうと想う。 「くだらないことから、どろどろしていることまで、本当に面倒だ、人の心ってのは」 「……そうですね……」 ヘルレイオスの言葉に同意をしたアインだったのだが、あることに気付いて、振り返った。 「ワッフルでも食べるか?奢ってやるよ」 「……頂きます」 何かを言おうとしたのだが、それを止めにした。飛行機で機内食を食べて以来、何も食べていなかったことに気付いた。 奢ってくれると言ったので遠慮はしないことにしておいた。 向こうにワッフル屋の屋台がある。 着いていこうとしたアインだったのだが、あるやりたいことに気付いた。 「どうした?」 紫色の瞳が考え深そうにしている。やがて、彼女は言った。 「……すみませんが、後でサイン。もらえますか?」 |
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