「欺く月」
第4話 『悪の華』
手掛かりはない。
それもそのはず、探し人の名すら知らぬ。ただ一つの手掛かりと言えば、記憶にはっきりと映る赤毛の長髪を結ったすらりとした輪郭。
キリシタンをも思わせる牧師のようなマント。
・・・庵は、焦っていた。にも関わらず薄笑みを浮かべていた。
まるでこの状況下を楽しんでいるかのようだった。
奴は月に自身を映す。俺と一緒だ。
ならば必ず巡り会える。確信に近かった。いや、庵は確信していた。
会える。・・・遠くない未来だ。
!!
突然、頭が痛くなった。
「ぐぅ・・・、オロチのいない今、何故だ・・・!」
痛みを拭う方法は知っている。奴の事を考えることだ。
草薙も、あの男も、必ず俺の手でその血潮を止めてやる!
ふふ・・・ふふふふ・・・はぁーっはっはっはっ!!
声にこそ出さないものの、庵は胸の中で大声で笑った。
彼女を連れて来たのは、ただの気まぐれだった。
私はもう野心に燃える男ではない。
火の粉を払う以外の事に剣を振るうことももう無いだろう。特にあの剣を抜く事など二度と無い。
そう、・・・私はもう、普通の男だ。
「嘉神さん、どうしたんですか?」
「…ん?いや、なにもないよ」
少女が話かけてきた。昨夜、あの淫魔が置いていった少女。
名は、『麻宮アテナ』というらしい。
彼女曰く、自分は2001年から来たという。
あながち信じられない話ではない。
ほんの少し・・・そう、1年にも満たない過去に『地獄門』を目の当たりにした。
あんなものが他にも存在するとするならば、全てを否定はできない。
しかし、唯一気になるのは昨夜の淫魔の残した言葉、「話は勝手に都合のいいように回るのだけれど」・・・どういうことだ?
もちろん、アテナにも聞いた。しかし、返ってきたのは
「すみません。・・・今は、言えません・・・。時が来たら・・・説明
しますから。」
なにも分からないまま、その男に出会った。
人ごみの中、おそらく何もかもが新鮮に見えるのだろう。アテナがはしゃぎまわる最中、どすの効いた悪意に満ちた声が私・・・いや、アテナを襲った。
「・・・!何故、貴様がここにいる!?」
しかし、アテナは私の予想に反して彼女は歓喜の光を瞳から飛ばした。
回りからおもわず笑みがこぼれそうな声で、そう、彼とは全く正反対の声だった。
「八神さん!…やったぁ☆こんなに早く会えるなんて!!」
「・・・俺の質問に答えろ。『何故、貴様がここにいる』?」
彼は杭を刺すかのように今度はゆっくりと訪ねた。
「神楽さんに会ったでしょう?貴方のすべきことを伝えに来たの!」
「ふん。興味がないな」
「元の時代に帰りたくないの!?」
「貴様だけ帰ればいい・・・。俺にはやることがある。」
去ろうとするその男をアテナの声が遮った。
「私は、声!貴方を導く声よ!導く炎には導く声が必要なのよ!!」
「・・・貴様ァ、戯言はその辺にしておけ!!」
私は殺気を感じるその声に身構えた。
何故、こんな男にかまう?理由は知らないが、この男にあるのは禍禍しい殺意だけ。
「アテナ。君は離れていろ。」
「ふん。やっと口を開いたか、ただのでくの棒だと思っていたが」
「!!貴様!私を愚弄するか!」
刀を抜いた。丸腰の相手には刀を抜かぬ主義だが、この男にれっきとした凶器があった。それは『殺意』だ。
「くくく・・・はっはっはっはっ!おもしろい!貴様にはそのくらいのハンデが丁度いい!!」
「ちょ、、、やめてください!嘉神さんも!八神さんもお願い、私の話を聞いて!」
まさに打ち合ったその瞬間、私の刀が木刀のようなもので弾かれた。
「おいおい、おだやかじゃねぇな。旦那も丸腰に光もんだすなんて、大人気ないぜ?」
止められたのは私だけではない、相変わらず動揺すら見せないその男も同様だった。
細身の身体にも関わらず、片腕でその男を制している。
「お前は、あの一件の時に見たな。」
「ほっほう、覚えてくれてたんで?そりゃ光栄だな」
「漂さん!良かった・・・。おさまったんだ・・・」
私達を止めた桃色の浴衣を着た男は溜息まじりに言った。
「全く、こんな役回りしか回ってこんのかね。俺はよ」
正気を取り戻した私は自分のしたことを少し恥じた。
それは彼も同じ・・・だといいのだが、なんにせよ、その男も落ちついたようだ。だが、殺意の瞳は最後まで消える事は無かった。
「あ〜あ、火傷しちまったよ。ほれ」
「火傷?私は朱雀の剣は抜いてはいないが・・・」
「違うよ。もう一人のあんちゃんを押さえた腕だよ」
「!!こ、これは!」
振り返った私の視界にはもうあの男は居なかった。
アテナとともに。
「アテナ!・・・おい!?アテナ!!?」
辺りを見まわしたが、姿は無かった。
「漂さん・・・」
「・・・どうやら、またひともんちゃくありそうだねぇ。なぁ、旦那?」
立ち尽くす私に移るのは・・・アジアの方から運んで来たという、『エレファント』という巨大な灰色の動物に群がる人ごみだけだった。
「何故、着いてくる。」
「はぁ・・・はぁ・・・・、ちゃんと話を聞いてもらうためです!」
「言ったはずだ。興味がないと。京にも伝えておけ。貴様を殺すのはもう少し待ってやる。と。」
「そんなこと言ってる場合じゃないんです!・・・大変な事が・・・起こるんです、私達の時代で・・・」
「ふん、知ったことではない」
「貴方にも・・・オロチにも関係のある事でも?」
「・・・何?」
運命が回り始めた音が、
聴こえた。
第5話 「刃は何色か?」に続く
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