カプエス
DJステーションシリーズ
『新・BOFストーリーズ』
ライブ14
作者 タイ米
『ASDYY』の演奏が終わった。
室内には静寂が流れていた…。
そして、山崎と香緋はその演奏に素直に驚愕した。
そのあまりの下手さに…。
「ダ〜ッ! シェルミー、何なんだ! こりゃ!?」
シェルミーに突っかかる山崎。
「だって、仕方ないじゃない。短時間じゃ、そう簡単に
はうまくなれないわよ!」
「るせぇ! こっちには時間が無えんだよ! これじゃ
オーディション落選は確定じゃねぇか!」
山崎とシェルミーが言いあいをしているその時だった。
ドアを激しくノックする音が聞こえる。
「ゲッ! あの激しいノックはもしかして…」
急に冷や汗を流す山崎。
そしてドアが無理矢理開けられた。
「うわっ! 馬鹿力大家!!」
「バカモ〜ン!!」
女性の大家のフックに吹っ飛ばされる山崎。
「社長!!」
香緋が山崎に駆け寄る。
「私にはね、ヴァネッサって名前がちゃんとあるの!
いい加減覚えなさいよね!!」
ヴァネッサが倒れている山崎に近づく。
「ところで何だ、大家さんよぉ。家賃払う日はまだ先だ
ぜ…」
「そういうセリフは三ヵ月分滞納している家賃をきちん
と払ってから言いなさい!」
ヴァネッサが山崎の腹をつねる。
「イテテ! わかったよ! 離しやが…いや、離して下
さい。お美しい大家さん…」
「フン。そんな事言ったって、家賃は一円だって負けな
いわよ」
しかし、まんざらでもない様子でヴァネッサは山崎か
ら手を引く。
それにしても、ヴァネッサは山崎が過去に会ってきた
大家の中で最も恐ろしく、好戦的な女性であった。
その為、山崎をはじめ、アパートの住人からは『鬼の
ヴァネッサ』と呼ばれ、逆らう者は誰一人いなかった。
「ところで大家さん、一体うちに何しに来たの?」
香緋が尋ねる。
「そうそう。その件なんだけどね、あんたの家ですごい
騒音が聞こえるってんで、クレームが鳴り止まなかった
んだけど…」
「騒音?」
「そう。さっきまで聞こえてたんだけど…」
その時、山崎と香緋は『ASDYY』のメンバーを見
る。
みんな、一斉にあさっての方に視線を移す。
「なるほど。そういう事ね…」
ヴァネッサは悟った。
そして、次の瞬間には鬼の形相になって、山崎に近づ
いた。
『鬼のヴァネッサ』の本領発揮だ。
「いいこと!? これ以上、あんたのところのタレント
に妙な事やらさないで…。でないと、私のクレイジーな
パンチャーが火を噴くことになるわ…」
「ひ、ひゃい…」
ヴァネッサの拳は固く握られていた。
あまりの迫力に、山崎が珍しく萎縮する。
山崎から離れ、元の表情に戻ったヴァネッサ。
その時、リュウが彼女に近づいた。
「な、何?」
「あなたもいろんな事抱えて、さぞお疲れでしょう。こ
んな時に、俺の癒しの歌でもいかがか?」
「リュウ!?」
香緋がリュウを止めようとした。
が、それを防ぐ山崎。
「やめろ、香緋…」
「社長!」
「あのバンドで勝負できなくなった以上、全てはリュウ
に賭けるしかあるまい…」
「でも…」
「それに、あの大家の心を癒す事ができれば、俺達にも
勝てる見込みがあるってもんだ…」
山崎の真剣な表情。
確かに頼みの綱はリュウしかない。
妙な事をすれば、即座にクレイジーパンチャー地獄だ
が、二人は信じた。
リュウの演奏を…。
あのオーディションで見せたサウンドを聴かせれば、
ヴァネッサも一発で癒されるだろう。
リュウのギターが音を奏でる。
癒しの音にしばし聞き入れる一同。
しかし、次の瞬間にはその空気が打ち破られた。
「あ〜う”ぁ〜〜♪」
さっきのバンドの演奏がうまく感じられるくらいの酷
い歌声。
音程などまるっきり無視だ。
耳を塞ぐも、それすら無駄な行為であった。
地獄の演奏が30分程続き、ようやく終わった。
『ASDYY』のメンバー+香緋はあまりの歌の酷さ
にダウンしてしまった。
リュウは一人、自分の演奏に非常に満足していた。
「やはり歌が入ると曲は違うものだ。今までと見違える
ぐらい、よくなっている…」
実に清々しい表情。
それとは対照的に憤怒の表情を浮かべるヴァネッサ。
その矛先はプロダクション社長である山崎に向けられ
た。
「あなたはよく、約束を破る人とは知っていたけど、こ
んなに早く破っちゃうなんてねぇ…」
両拳をパキパキ鳴らすヴァネッサ。
思わず後ずさりする山崎。
「い、いや、普段あいつはこんなんじゃないんですけど
ねぇ。今日は何故かなぁ。変なものでも食ったかなぁ?」
必死に言い訳をする山崎。
それを尻目にリュウは実に軽やかな足取りで事務所を
後にしようとする。
「うむ。今日は絶好調だ。天気もいいし、ストリートラ
イブでもやるとするか…」
ストリートライブ。
あの酷い歌が、さらに多くの人の耳に入ったら、それ
こそ公害になりかねない。
山崎はヴァネッサの制止を振り切り、リュウを追いか
ける。
「ま、待ちやがれ! リュウ!! その歌でストリート
ライブは絶対させねえぞ!!」
「コラ、待ちなさい! 山崎ィ〜〜!!」
ヴァネッサも猛ダッシュで山崎の後を追う。
残されたのはリュウの演奏で倒れた者達。
香緋は意識を完全に失う寸前にこうつぶやいた。
「最強の布陣なんて、こんな事だろうと思った…ガクッ」
オーディションまであと僅か。
ドラゴンプロは相変わらず前途多難であった。