世界最強に挑戦!


「がっ!?」

 しかし、うめき声を上げたのは夏香の方であった。
 軋琉が半歩下がった直後に夏香が放ったストレートパンチ。
 その瞬間、軋琉は一気に姿勢を落とし、夏香の拳の下をくぐるようにして、みぞおちに肘打ちを入れたのであった。
 カウンターを完全に決められ、夏香は思わず前屈みになる。

「(…フェイクか!)」

 そう、軋琉の放ったカウンターは、完全に最初から仕組まれていたものだった。
 わざと押されたように見せかけ、相手が少しでも大振りの技を出したのを見て、流れを崩す……その誘いに、夏香は完全に乗せられてしまったのであった。
 苦虫を噛む思いだったが、後の祭りである。
 それにしても…
 たった1度の打撃、それもおそらく全力ではなかったにもかかわらず、その威力ははるかに常人の域を超えていた。

「(読みを許しちゃったか)」

 反省の間もなく、軋琉の足刀が襲い掛かってきた。

「…ちぃっ!」

 すんでのところで足刀をガードする。
 が、不安定な体勢と蹴りの予想外の威力に、夏香の体は大きく後方に吹き飛んだ。

「さすがに追い撃ちまでは入れさせてくれないか…ん?」

 ちょっと残念、という感じで呟いた軋流が今度は怪訝な表情(かお)をする。
 吹き飛んだ筈の夏香の姿が、かき消すように消えていた。

「光学迷彩の類か?……(それにしても落下の衝撃と気配もしっかり消しながらとは恐れ入る)」

 軋琉はあたりをきょろきょろと見渡す。
 しかし、どこにも夏香の姿は見当たらない。
 気配を感じようにも、かすかに感じるか感じないかの程度である。
 下手に動けば、その隙を狙って確実にやられるであろう。
 しかし、軋琉は少し苦笑いを浮かべただけで、自分の懐に手をやった。

「少し、厄介だな……俺の昔の知り合いにも、この戦術を特異とした奴がいたっけ……」

 そう呟きながら、軋琉は懐から3本の小型の投げナイフを取り出した。

「……」

 3本の投げナイフを自分の顔を覆うように目の前でかざすと、軋琉はスッと目を閉じた。

「この時……あいつなら……」

 そう呟くと、軋琉は手にしていたナイフを瞬時に3方向に投げた。
 1本目は右斜め前方、2本目はやや左斜め後ろ、そして、3本目は真正面に向かって投げつけたのであった。

「にっ!?」

 小さくそう聞こえたのと同時に、真正面に投げつけたナイフが何もない空間でいきなり弾かれ、叩きつけられるように地面に落ちた。
 ナイフが落ちたところに、剣状に固まったリボンを手にした夏香が立っている。
 その顔には、驚きと悔しさ、怒りの入り混じった絶妙な表情が浮かんでいた。

「よし、ヒット♪」

 夏香とは裏腹に、軋琉は垢抜けた声で小さくガッツポーズをとって見せた。



第8話に続く
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