世界最強に挑戦!


「なんで見えたの? 音も気配も絶てていたつもりだったのに。匂いでもなし…」
「確かに、お前さんの気配の消し方はうまかった。正直、感知するのは難しかったぜ」
「……?」

 軋琉の口から出た言葉に、夏香の表情が次第に変っていく。

「……なら3度までも私を正確に狙えたわけは…?」

 一見でたらめに軋琉が投げた3本のナイフ。
 しかし、一瞬のずれにもかかわらず、それは全て、夏香の動きが見えていたかのように、正確に投げつけられたものであった。
 1本目は余裕で、2本目は何とかかわせたものの、3本目まで高速で動き回る自分を狙ってくるとは思わなかったため、とっさに髪を結んでいたリボンでナイフを叩き落したのであった。

「勘」
「……?」
「勘だよ勘。おそらくそう動き回るんじゃねーかなと思って投げたんだよ」
「……!」

 勘か!

 夏香とても、「勘」という言葉を字義通り単純に解釈するほどアマチュアではない。
 それは経験と洞察、そして実際に「勘」も交えて、夏香の動きを読み切ったという意味に他ならなかった。
 だがそれを実行するには途方も無い実戦経験、鍛え上げられた知力、本能…そして行動に至る鉄の勇気が必要となる。
 それが容易にならぬことであることも、無論彼女は知っている。

 この男は、本物だ。

 何しろ他ならぬ自分の技をことごとく返してきたのである。
 夏香は久しぶりに危険な高揚を感じていた。
 「最強の暗殺者」の伝説に誇張は無かった。
 やはりこの機を逃すべきではなかったのだ!

「……ふふふ…勘…勘ね!」

 知らず夏香は笑みを浮かべていた。
 しかしそれは既に先程までの快活な少女の笑顔ではない。
 押し殺した喜悦を含んだ声に怖気立つような凄味が籠る。

「いや、案外馬鹿にできないぞ、勘ってやつはな……」

 夏香の変化に反応するかのように、急に軋琉の声色までが先程までの飄々とした感じから、低くくぐもったような声に変わった。

「今度は俺の方から仕掛けさせてもらうぜ。お前さんならこれをどうやって見破るかな?」

 低い声のまま、軋琉はそうポツリと呟くと、ゆっくりと足音を立てずに夏香に向かって歩き始めた。
 その次の瞬間、夏香は自分の目を疑った。

「……っ!? 消え……た?」

 そう、先程自分がやったように、軋琉の姿が周りの景色に溶け込むように消えてしまったのである。

「(何? あいつも光学迷彩とか使えるの? でも聞いた話じゃ、あいつは生体強化を受けてないはず……ってことは我流で姿と気配を消したってわけ?)」

 さすがの夏香にも、少し動揺が走る。
 しかし、夏香の表情から殺気を含んだ余裕の笑みが消えることはなかった。

「(でも……これで私を惑わせると思ったら、大間違いよ!)」

 心の中でそう叫ぶと、夏香はいきなり左に向かって走り出した。
 ワンテンポ遅れて、夏香のいた位置に、1本の投げナイフが突き刺さる。

「見切ったああああっ!!!」

 夏香はくるりと踵を返すと同時に地面を蹴り、ナイフが飛んできた方向に向かって高速のとび蹴りを出した。

 ズガッ!

 何もない空間で、夏香は弾かれるように宙を舞った。



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