世界最強に挑戦!
8
「なんで見えたの? 音も気配も絶てていたつもりだったのに。匂いでもなし…」
「確かに、お前さんの気配の消し方はうまかった。正直、感知するのは難しかったぜ」
「……?」
軋琉の口から出た言葉に、夏香の表情が次第に変っていく。
「……なら3度までも私を正確に狙えたわけは…?」
一見でたらめに軋琉が投げた3本のナイフ。
しかし、一瞬のずれにもかかわらず、それは全て、夏香の動きが見えていたかのように、正確に投げつけられたものであった。
1本目は余裕で、2本目は何とかかわせたものの、3本目まで高速で動き回る自分を狙ってくるとは思わなかったため、とっさに髪を結んでいたリボンでナイフを叩き落したのであった。
「勘」
「……?」
「勘だよ勘。おそらくそう動き回るんじゃねーかなと思って投げたんだよ」
「……!」
勘か!
夏香とても、「勘」という言葉を字義通り単純に解釈するほどアマチュアではない。
それは経験と洞察、そして実際に「勘」も交えて、夏香の動きを読み切ったという意味に他ならなかった。
だがそれを実行するには途方も無い実戦経験、鍛え上げられた知力、本能…そして行動に至る鉄の勇気が必要となる。
それが容易にならぬことであることも、無論彼女は知っている。
この男は、本物だ。
何しろ他ならぬ自分の技をことごとく返してきたのである。
夏香は久しぶりに危険な高揚を感じていた。
「最強の暗殺者」の伝説に誇張は無かった。
やはりこの機を逃すべきではなかったのだ!
「……ふふふ…勘…勘ね!」
知らず夏香は笑みを浮かべていた。
しかしそれは既に先程までの快活な少女の笑顔ではない。
押し殺した喜悦を含んだ声に怖気立つような凄味が籠る。
「いや、案外馬鹿にできないぞ、勘ってやつはな……」
夏香の変化に反応するかのように、急に軋琉の声色までが先程までの飄々とした感じから、低くくぐもったような声に変わった。
「今度は俺の方から仕掛けさせてもらうぜ。お前さんならこれをどうやって見破るかな?」
低い声のまま、軋琉はそうポツリと呟くと、ゆっくりと足音を立てずに夏香に向かって歩き始めた。
その次の瞬間、夏香は自分の目を疑った。
「……っ!? 消え……た?」
そう、先程自分がやったように、軋琉の姿が周りの景色に溶け込むように消えてしまったのである。
「(何? あいつも光学迷彩とか使えるの? でも聞いた話じゃ、あいつは生体強化を受けてないはず……ってことは我流で姿と気配を消したってわけ?)」
さすがの夏香にも、少し動揺が走る。
しかし、夏香の表情から殺気を含んだ余裕の笑みが消えることはなかった。
「(でも……これで私を惑わせると思ったら、大間違いよ!)」
心の中でそう叫ぶと、夏香はいきなり左に向かって走り出した。
ワンテンポ遅れて、夏香のいた位置に、1本の投げナイフが突き刺さる。
「見切ったああああっ!!!」
夏香はくるりと踵を返すと同時に地面を蹴り、ナイフが飛んできた方向に向かって高速のとび蹴りを出した。
ズガッ!
何もない空間で、夏香は弾かれるように宙を舞った。
第9話に続く
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