外伝 F・O・W
〜忘れ得ぬ光〜


第7話

作者 かみぃゆ


ベルは眠っていた。
それは深い海の底に漂う海藻の如く曖昧なものだった。

上には光があった。
だが、それはベルのそれには届かなかった。

聞こえるのは



決して届かない声。

聞こえるのは届かないはずの言葉。言葉。言葉。




『ティンク 目覚めるんだ。』



それは、深い海の底に漂う海草のように曖昧なもの。





外伝F・O・W 〜忘れ得ぬ光〜
          第七話 ジュリエット


梨華は歌っていた。
その声は美しい。
―私もそんな声で歌えるだろうか。

そんなことを無意識ながらも思わせてしまう彼女のそれは、一種の天の才なのかも知れない。

・・・朝はいつも唐突に訪れる。
深く、そして浅い私の眠りを遮ったのは彼女の美しい歌声だった。
(この歌声で目を覚ませたことが唯一の救いなのかもしれない・・・)
などと私は思った。

言葉は―、
言葉は時にして無力だ。そして、時によれば刃にも勝る力をも持つ。
彼女の歌には歌詞がなかった。ハミングだ。
それでも、魅了される私が疲れているのだろうか?
いや、どこかで求めていたのだろう。

先に私が目を覚ましたことに気づいたのは、陣だった―。
「おっはよ!ベルちゃん!」
続いて梨華が振り返り言った。
「おはようございます。ベルさん」

「・・・おはよう。」

これが”平凡な日常”という物だろう。
だが、私は知っている。どういう形であれ、『それ』は長く続かない。と、いうことを。


               ☆


        「ネバーランドはどこですか?」

尋ねられた女性は、困惑した。
ネバーランド?
頭に浮かんだのはもちろん、幼いころに母親に聞かされた童話のことだ。

        「僕は○△※◎―…です。」

振り返ったそこに立っていたのは、緑のフードパーカーを着た、年場の程はおそらく15〜17歳くらいの少年だった。

「なんなの?・・・君、どこから来たの?」

彼の顔は見えなかった。 
理由は、深く被ったフードのせいだ。彼の表情は鼻から下しか見えなかった。

「ねぇ、君…」

彼の口元が熱で曲がる針金の用に上に歪んだ。
笑ったのだ。



「!!」
風が吹いた。そして、彼のフードがめくれた。

彼女はその顔を見た。頭からゆっくりと・・・
金髪に近い茶色の髪、なにかを期待しているかのような挑戦的な眼。
いや、待て。
その前になにか理不尽なものを見たような気がする。

        「ネバーランドはどこですか?」

彼女はゆっくりと目線を彼の瞳から少し上の、額に戻した。

             「僕は」

前髪にかかってよく見えない。もう一度風が吹いてくれれば・・・。

           「○△※◎―…です。」

○△※◎―…のところがよく聞こえない。テープを早送りしたような声、…否、雑音でかき消されたような感じだ。

彼女は言葉を発しなかった。いまや彼女の心を支配しているのは好奇心のみであった。


風が吹いた。







鍵穴。  







彼女の目の前は、一色になった。

赤、一色に。




続く


 
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