涅槃幹部裏設定 〜帰郷〜


あの時、俺はここには居なかった………俺が居た場所は……



シェイドは村の中心の方へと歩を進めていく。
辺りを見回しながら、ゆっくりと、石畳の道を踏みしめて歩く。
やはり、人が住んでいる気配など微塵も無い。
あるのは、家、家、家……塀、塀、塀……
それらには全て……弾痕、弾痕、弾痕…………


あの時………俺がいた場所は……


一軒の家の前で、シェイドは立ち止まった。先程入った家よりは、まだしっかりと建っている。
しばらく、その家を見上げる……2階の窓は、やはり、ガラスが無かった。
そして、2、3歩進み、ドアノブに手を掛けた……

そこに居たのは……金髪の少年と、赤毛の少女…
少年は少女に、小さな箱を手渡した。その箱を開ける少女…
中に入っていたのは……金の鎖のネックレス…
お互いに微笑み合い、少年は少女に、ネックレスを付けてみるよう、促した。
そして、少女がネックレスを付け、また、少年と微笑み合った……その時だった。

ジープの音が外から響いたと思った瞬間、窓を貫いて無数の銃弾が2人を襲った。
無数の銃弾に体を貫かれ、夥しい血と共に倒れる2人…
銃声はまだ鳴り響いている……人々の悲鳴も四方八方から聞こえてくる。
と、少年の方は、ゆっくりと…苦しそうに立ち上がった。
背中は赤い血で染まっている……足を引き摺りながら、少女の元へ駆け寄った。
まだ息はあった……少年は少女を抱きかかえ、家の裏口の方へと向かう……
ドアを開け…危険だと知りつつも……外へと足を踏み出した……
シェイドは彼らの後を歩いて追った……多少距離をとりながら…

外は惨劇そのものだった……石畳の道は血の海となり、
銃に撃たれ、もがき苦しむ人々……また、かつて人だったものが沢山あった。
死から逃れようとする人々が行こうとする先……村の中心にある教会…
同じく、少年も、少女を抱えながら、足を引き摺り、そこを目指す。
常に少女に話しかけながら……少女の意識を無くさないように気遣いながら…

シェイドには何も聞こえなかった。
だから、少年が少女に何と言っているのか、少女が少年に何と頷いているのか、聞こえなかった。
距離をとって付いて来ているからではない。
証拠に、人々の悲鳴も、呻き声も、全く聞こえなかった。
彼の耳に聞こえていたもの…自分が石畳を踏みしめる音、吹き抜ける風の音、
そして……

銃声……

少年は淡々と教会の方向へと歩いていく。
しかし、先程より足取りが重く、痛みが酷くなって来たのか、
時折顔を歪ませながら…それでも少女に常時話しかけながら…
少女も、少年の言葉に対して、何度も何度も頷く。
だが、回を重ねていく毎に、少女が頷く力が無くなっていくように見える。
二人の服の色は、もう血の色一色に染まってしまった。
少年が少女に贈った金のネックレスも、既にこの色だ………
そして、その後を、シェイドは顔色一つ変えないで付いて行く。

何分歩いただろうか…白い建築物が見えてきた。
この村に一つしかない教会…村の小ささの割りに、一際大きな教会。
既に幾人の怪我人が担ぎこまれている。
と、シスターの一人が彼ら二人に気づいた。
少年は、シスターに、自分の事は良いから、少女の方を先に運ぶよう促す。
少女が教会へと担ぎこまれたのを見届けた後、
少年はついに意識を失い、その場に倒れてしまった。


何時意識を取り戻したかは…もう覚えていない…


シェイドは教会の奥の部屋へ入った。何人もの人々がそこで手当てを受けられていた。
その中に、あの少年も居た。まだ意識を取り戻したばかりか、周りをゆっくりと見回している。
体中には包帯が巻かれていた。包帯の大部分には血が滲んでいる。
その時、少年の横を一人のシスターが通り掛かった。それを呼び止め、何かをシスターに聞く少年。
…当然、内容はシェイドには聞こえない。
何かを質問されたシスターは一瞬少年から目を逸らした。
少年は立ち上がり、シスターの肩を揺すって、語勢を強くして聞く。
すると、シスターは少し口を開け、短く何かを少年に告げた。
その途端、少年は駆け出した…シスターが止めるのを振り切って…
少年はシェイドに向かって一直線に突き進んできた。
そして、シェイドを擦り抜け、そのままの勢いで部屋から出て行ってしまった。

数十秒経ってから、シェイドもその部屋を出る。
部屋を出たシェイドの目に飛び込んできた光景…並べられた夥しい数の死体…
その中に、もう動くことの無い少女を抱いて泣き叫ぶ少年の姿…
叫び声さえも、シェイドの耳には届かない…
少年の目から流れた涙は、少女の頬へと落ちて行く…
しかし、少女の目が開くことは二度と無かった。



俺は二度しか泣いたことが無い…一度目は生まれたとき…


二度目は………


 


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