涅槃幹部裏設定 〜帰郷〜


老人の後姿が見えなくなったのを確認してから、シェイドは坂を折り始めた。
眼下には広大な平原が広がっている……その平原を、ゆっくりと雲の影が横切っていく。
そんな平原の真ん中に、大きな石があった。
それを取り囲むように、人の大きさくらいの石が並んでいる……
石の郡の方向へ、シェイドは真っ直ぐに向かっていく。
近づくにつれて、小さな方の石が、どのような形をしているのかがはっきりしてきた。
それらの石は……全て……十字架の形をしていた。

村を歩いていたときと同じように、シェイドは十字架の間を黙って歩いていく。
少しして、シェイドはとある十字架の前で立ち止まった。
その十字架には、錆付いたネックレスが掛けてあった。所々に、まだ金色が辛うじて残っていた…
更に、その十字架の足元には、本や、オルゴールなどもならべられていた。
その十字架だけに……

「……ハッピーバースデイ」

シェイドはその十字架の前で小さく呟き、胸ポケットから小さな箱を取り出した。
綺麗に包装された、その箱を開けようと手を掛けたとき、シェイドはふと気が付いた。

「あ……お前の前では…こっちの方がいいか…」

シェイドはサングラスを取り外し、箱を取り出した胸ポケットへと入れた。
普段、絶対に取ることの無いサングラス……取るのは……この時だけ……
サングラスを取った後、シェイドは改めて箱を開け、中のものを取り出した。
十字架の飾りの掛かった銀のネックレス……シェイドはそれを石の十字架にそっと掛ける…


よう……久しぶり……そっちの世界はどうだ……?
こっちは相変わらずさ……相棒となんとかやってる。
他の奴らとは、喧嘩してばっかりかな……
あいつら、俺がいつもサングラスを外さないことが癪に障るらしくって、
この前、一斉に外させようと攻撃してきやがった……
目は多分見られなかったけどよ……片方のレンズが割られちまった…
高かったのによ……自分の顔に合うサングラスなんて、滅多に無いのにな…


顔色一つ変えず、シェイドは十字架の足元に置いてあるオルゴールに手を伸ばす。
ネジを回そうとするも、もうネジが錆付いているらしく、回らない…


錆付いちまったか……この曲、お前が大好きな曲なのにな……
来年、新しいの買ってくる……すまんが、一年我慢してくれ…

なぁ……お前……今の俺……どう思う…
あの事件の後、テロ組織を追って、裏社会の方がそういう類の情報がありそうだから、
あの組織に加入して……結局、何の情報も得られずに今を生きている…
最も、お前は復讐とかなんて、望んでもいないのだろうな……

俺って……俺から逃げてるのだろうな……
あの事件以来、俺の目は一つしか感情が表現できなくなった…
悲しみ……それだけしか表せなくなった…
だから隠した……この黒いサングラスで……
それでも、サングラスの下は、いつも悲しみしか表現ができない…
怒っていても……誰かの冗談に笑っていても……
戦いの最中……生と死の狭間を楽しんでいる時も……

……そういえば、なんでだろうな…生と死の狭間が楽しいのは…
……お前に少しでも近づけるからか……?
だから、戦いの後、急に冷めてしまうのか……お前との距離がまた離れるから…
でもよ……折角楽しんでいても…
サングラスの下は、いつも泣いているんだよな……

悲しみの目を見られるのが嫌で……
悲しみの目を持っている自分が嫌で……
回りも……自分も……サングラスで誤魔化している…
周りから逃げて……自信からも逃げて……
俺は今、何処を彷徨っているのだろうな……
未だにあのテロ組織を見つけることができないままあそこにいて…
その組織を見限らないでずっとあそこに留まっていて……
俺……こんなことやってて……いいのか……?


普段何気なく平気でやっていることが、ここでは全て疑問に思えてくる。
しかし、ここから帰ったら、また疑問にもならなくなるんだろう…


あの組織で毎日他の奴らと喧嘩ばっかりして…楽しいのかな…俺…
毎日毎日、下手すりゃ大怪我を負う喧嘩ばっかりして…実際に大怪我も負って…
……喧嘩なら、確かにお前ともした…
あの孤児院にいた頃からも、別々に独立(家だけだが)した後も…
喧嘩は数え切れないほどした……けれど、数え切れないほど笑い合っていた。
けれどよ……あの日から、俺……まともに笑った試しが無い…


あの頃のシェイド=オーウェンは……もういない……



それから暗い思考を断ち切って、他愛の無い話を始めた。
最近自分の身の回りで何があったとか、相棒の調子とか……
兎も角、続けられるだけ続けた……もちろんぶっ通しで。
……ほとんど口には出していないのだが…………

気付いたら、空が緋色に染まっていた……
夏にとって、季節外れの乾いた冷たい風が通り過ぎていく。
まあ、人が滅多に来ない高山だから、当たり前と言えば当たり前かもしれないが…


すまん…もう少しいたいけどよ……相棒待たしてるし…
早めに帰らなければ、「本物の」雷落ちるかもしんねぇし…

最後に聞いておくけどよ………


あの頃の俺……いつか戻ってくるのかな……?


ごめん…無駄な質問だったな…
……じゃあ…また来年な…約束どおり、オルゴール買って戻るからな…
あ……今更だけどよ……


……ただいま


 


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