『REPTILE』


 フレディ・“レプタイル”・クラップは、全てを見ていた。
 それはつまり、トムが到着する前、彼の部下に自分の動きを尾行されるときからを指す。当初は問題にはしていなかった。実をいうと、こういったことは過去に二度三度ある。姿を暗ますとはいえ、マフィアの網から完全に逃れることなど、同じ星に生きている以上不可能であろう。ましてやニューヨークという狭い範囲である。レプタイルは幾度か、尾行された経験を持つ。そのたびに、彼は、尾行する者を殺した。その者たちに対しては、死のみを下していた。
 今回も、それでいいと思っていた。
 だが、実際はどうであろう。
 二重尾行。
 尾(つ)ける者を尾(つ)ける者たちがいたのである。
 彼らの存在を知りえることはできなった。彼らもまた、プロであった。

 上空から、老人のうめき声が聞こえた。トムのものであった。喉から血を“迸らせ”ながら、転げまわっている。ほか、トムの部下たちも似たような状況にある。瀕死ということである。
 レプタイルの思考は、待機に留まった。
 逃げることもできたかもしれなかった。
 だが、簡単にできるかと問われればそうではない。
 背後に二人、いる。

 数分して、トムのいたマンションから一人の男が下りてきた。男はレプタイルと目があうと、にっ、と笑った。

 灰色の男であった。
 肌の色ではなく、イメージがである。どこかセメントのように冷たいイメージがある。背丈はレプタイルより若干低いが、身長差を感じさせられることはない。目はナイフのように鋭く、碧い目を持っている。碧光が不気味に、この暗がりに映えている。

 「よう」
 その男、ブラッドはレプタイルの前に立ち、いった。
 間合いを考えずに、一直線へ向かっていったのである。その点でこの男は、実力はともかく、恐怖を知らない男だと思った。相手が銃を持っていても、そうしたかもしれない。
 ブラッドの言葉に対して、レプタイルは何も口にしなかった。
 サングラスの底から、蛇のような眼光をブラッドに向けていた。
 「ダグレイ・マッケランから依頼を受けている」
 ブラッドはかまわずつづけた。
 「知っているだろう」
 「イギリスの、」
 レプタイルがはじめて口を開いた。鉛のような声が空気に触れる。
 「同業者であろう。そうとう卑劣と聞いている」
 「へえ」
 ブラッドは意外という顔をした。
 「有名なんだな。おれたちも」
 「一昨日、聞いた」
 レプタイルはグレイヴィの言葉を思い起こし、そういった。
 「やるのか」
 レプタイルはいった。
 「それは仕事だからな。すぐにでもはじめたい」
 ブラッドの肘から先が少し赤くなっていた。先ほどの血液が付着していたらしい。降りる途中に布で拭ったようであった。少し残っている。
 「……屋上の男たちは」
 「ああ、老いぼれトム。彼らも“標的”だったんでね。始末した」
 「複数いたようだが」
 「問題ないさ。オレらにとってはな」
 レプタイルは少し間をおき、吐いた。
 「数で数に対抗しようなど」
 ずっ、と空気が張り詰めた。レプタイルの背後から、二つの殺気が放たれている。常人ならば、芯が震え上がるほどのものであった。意思が強烈であると、そういうことが起こる。体外に漏れるのだ。
 「ブラッド」
 背後から声がした。
 「さっさとやろう」
 
 ジッ
 
 背後の、もう一人の男のつま先が地面を離れていた。



7に続く
5に戻る
図書館に戻る