『REPTILE』


 トム・ガーフィールドは、もうすぐ死ぬ。
 その短い余命に変わりはないが、いまはまだ息があった。
 頚動脈をやられていた。一体どういうふうにやったのか、拳足での殴打ではありえない出血であった。なにかで刺されるか、切られるでないと、この出血はありえない。体全身を巡るはずの血液が、その位置で抜けていくのが分かる。すごい量であった。一枚や二枚の布では抑えきれない量が、トムの体から抜けていく。その実感を、トムは狙撃場所として選んだ建物の屋上で感じていた。命の終わりの実感であった。
 衰えた視力で、周りを見渡す。部下たちは待機場所で、やはり自分と同じく喘いでいた。自分ほどではないが、出血が激しい。自分の責任で彼らがこのような目にあったと思うと、腹が立った。だが、自分も死ぬ。
 右腕を喉にあてがい、上半身を金網に近づける。
 階下の光景が、ぼやけて見えた。
 二人の男が対峙している。
 一人の男の背後には、二人の男が倒れている。
 そのうち一人の男の顔面が真っ赤になっているのが分かる。
 トムの生命を分けた二人の男たちの決闘がはじまろうとしていた。


 レプタイルを前にし、ブラッドは恐怖していない。むしろ、堂々とした感さえある。
 「アンタの始末は、オレしかできねえな」
 ブラッドはいった。
 レプタイルは口を出すことなく、だらんと腕を垂らしている。しかし、やる気のないような構えをとりつつも、その背からは冷たくも熱い殺気を放っていた。強烈な殺気である。これほどの殺気を出すことができるのは、世に何人といまい。
 
 ブラッドが右足を踏み込んだ。弧軌道を描いて、左腕が放たれる。
 拳ではなかった。五指を開き、それぞれの指を第二間接で少し畳んでいる。獣の爪を思わせる握りであった。
 そして疾(はや)い。
 先ほどの男たちとは段違いの速度である。
 レプタイルは肘でそれを受け止めた。肘は骨格が厚く、巧く入れば攻撃する側にダメージを与えることができる。いわば攻守一体の間接である。
 だが、出血したのはレプタイルであった。
 鋭い、刃のような感覚がレプタイルの肘を伝っていた。
 「しゃァッ!」
 ブラッドが息を吐き出す。
 右腕による第二攻撃が、レプタイルの頬を掠めていた。
 レプタイルは一歩退き、腰を屈めている。肘、左頬の二箇所を血が垂れていた。
 
 何人もの標的を仕留めてきた“指”が、ブラッドにはあった。
 手首から先による攻撃では、その形がものを言う。そして衝撃の面積が狭くなればなるほど強力なものとなる。鋭さを持った刃物へと近づいていく。その最も狭い限界が、指の先端であった。
 天賦の力と鍛錬により生み出されたブラッドの指は、異常の域であった。
 “人を殺せる”指である。
 拳足での暗殺を糧とする始末屋ブラッドにとって、もっとも信頼できる武器であった。

 ブラッドはさらに踏み込んだ。得体の知れないレプタイルを前に、長期戦は不利と考えての攻撃であった。
 左手を虎のように振るう。轟、と風を切った。
 レプタイルはさらに一歩退き、避けている。
 「シュゥ!」
 ブラッドの指の先端が揃えられた。整列された五指は、虎の爪から、鉄の槍へと変貌した。カラテでいうヌキテの型で、ブラッドは右腕を突き出した。

 ―――レプタイルは冷静だった。
 常に相手の出方を分析しながら戦っている。否、仕事をしている。
 腹部への攻撃に対し、身を横へ回すと、左腕でブラッドの手首を叩いた。
 ブラッドの攻撃の軌道が、地面へ向かう。崩れた。
 膝蹴り。
 レプタイルの右膝が、ブラッドの顎を貫く。
 「ぬっ」
 だがうめき声にとどまっている。首は鍛えてあった。血も出ていない。舌も切らなかった。
 それでもブラッドは一足で後方へ飛び下がった。
 短期決戦へのあきらめであった。

 想像以上の仕事を、レプタイルはしていた。





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