『REPTILE』

10


 酒場『アシュリー』の夜は長い。
 グレイヴィ・マリンヴィルは熱い液体を喉に流し込み、これもまた熱い息を吐いた。ここが自分の指定席とでもいうように、座っている場所はいつものカウンター。やはりいつもと同じように、目の前にはバーテンがグラスを磨いている。
 「動くとすれば、今夜だな」
 グレイヴィは吐き出すようにいった。
 「レプタイルの始末がですか」
 バーテンはあまり関心がないかのように、さらりといった。
 グレイヴィは頷く。
 「彼はよく働いてくれている。それこそ私の言うとおりにだ。私が彼に依頼したのはこれまでに6回だが、そのどれもを確実にこなしている。実をいうと、いや、これはあまり声を大きくしていえないんだが、始末屋の仕事成功率ってのは、プロの殺し屋に比べて低いんだよ」
 バーテンはグラスに目をやりながら聞いている。
 「まあ、それが安価の所以なんだがね。そう、政府はずるい。高価な殺し屋を買わずに、安い始末屋を数人抱え込んで、裏組織の一掃を企んでいる。どっちが裏なのか、もう私には分からんよ」
 遠くで、氷が溶けて落ちる音がした。だいぶ客数も少なくなってきている。
 ふと、グレイヴィはバーテンに向かって質問を投げかけた。
 「レプタイルは、どうしていまの仕事をしていると思う?」
 バーテンは正直興味がなかったが、聞くほかなかった。
 この年老いた客は酔っている。話につきあわなければ、彼を店に縛ることができない。
 「さて、どういったものでしょうか」
 「前に一度だけ、彼は私にいってくれた」
 グレイヴィは、いった。
 「天国へ行きたいんだそうだ」
 これにはバーテンも目を丸くして驚いた。
 グレイヴィはその反応を見て、苦笑する。どうやらこの老人は、酔ってなどいないようだ。
 「ニューヨークを這い回る気味の悪い爬虫類にしては、なかなかのロマンチストだろう?」
 バーテンも、さすがに真剣に耳を傾けていた。
 聞くかぎり、非人道的な行為を糧としているという連中の最高峰が、どうしてそんなことを口にしたのかということに、興味が爆発するように膨れ上がった。
 「彼はつまり、天国への行き方についての考え方が、特殊なんだ」
 「というと?」
 「私たちは信仰によって、死後、神の元へ召すものだと考えている。そう、死んだあとに夢のような国があるとな。彼の考えは、そうではない。魂の安楽が、天国だと考えている」
 「興味深いです」
 「そうかな。敬虔なキリスト教徒である私には賛同できんがね。……まあ、いい。彼はいったんだ。自分が死ぬとき、これでよかったのだと納得できるれば、魂は死後も平穏だと。行く先が暗闇だとしてもね。彼は、それでいいといっている。それが天国だといっている」
 感心というよりも、バーテンは奇妙だと思った。
 人を殺める商売が、どうしてこのような境地に立てるのか。
 バーテンは、平凡な暮らしに生きている自分が少し歯がゆくなった。
 「難しいかな」
 「少し」
 「いや、いいんだ。私も実際のところは理解していないように思う。しかしレプタイルは、彼自身の口でそういったということだ」
 グレイヴィはグラスに注がれたワインを、流し込んだ。
 「あいつは、そのために人を痛めつけるそうだ。痛めつけることで魂の平穏が得られると?面白い考えだが、やはり私には腑に落ちないよ」
 自分はどうなのだ?
 グレイヴィは自問した。
 レプタイルにそうさせているのは、自分ではないのか。
 その通りだ、とグレイヴィは思う。
 「生きるとは複雑だな、キミ」
 バーテンは頷き、再び作業にとりかかる。
 グレイヴィの目の前に、古いランプが置かれていた。橙色の光がぼんやりと燃えていた。
 「とはいえ、奇妙な男だ。いや、変なトカゲ、とでも言おうかね」
 
 ダグレイ・マッケランがそのトカゲに会ったのは、それから三十分後のことである。




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